「読書離れ」を嘆くも良し。「読書」の享楽は、この世に二つとない「最も危険な快楽」であり人を狂わせるのだから【福田和也】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「読書離れ」を嘆くも良し。「読書」の享楽は、この世に二つとない「最も危険な快楽」であり人を狂わせるのだから【福田和也】

“知の怪物”が語る「生きる感性と才覚の磨き方」

 

■書物と、緊密な絆を結び、友情を育むとはどういうことか

 

 本を読むこと。書物を愉しむということにも、きちんとしたやり方があるのです。

 私は、そのやり方、構えを語ることで、みなさんと書物の関係を決定的なものに、固い絆を結んでいただきたいと思っています。

 大学の教員をしていて痛感をしたのは、若い人たちはけして本が嫌いでもなければ、読む力が落ちているわけでもないということです。

 現代文芸という講義をずっと担当しているのですが、この講義ではこの「現代」をかなり拡大解釈をして、十九世紀から現在までを扱っています。毎年とりあげる作家、作品は違うのですけれど、一年ごとに日本と西欧を交代で扱っています。

 毎回小レポートを課していて、週に一作品ずつを読んで貰います。一作品といっても、ゾラの『居酒屋』とか高橋和巳の『邪宗門』のような、かなりのボリュームがある作品もとりあげますから、毎週、毎週課題をこなすのはかなり厳しい。

 その上に、採点基準も甘くはありませんから、履修をするにはそれなりの覚悟がいる科目ですけれど、それでも毎年、相当数の学生が受講をして、大部分が毎週一冊という課題をこなしてくれます。

 その講義をやっていて、いつも感に堪えないのは、今の十八、十九の若者たちも、読むことになれば、きちんと本を読める、ということだけではありません。みな読めば面白いし、感動もするのです。若い人たちの感受性にとっては、スタンダールもディケンズも古びてはいない。大古典でなくても、椎名麟三や武田泰淳、梅崎春生といった、一時代も、二時代も前の青年たちを熱狂させた作家たちの作品だって、今日の若い人たちの魂を燃えたたせることができる。

 私は、はたと考えてしまいました。

 活字離れだ、何だと云われながら、若い人たちは書物に接すれば、乾いた海綿のようにその魅力を吸収する力をもち、またその意欲もある。

 にもかかわらず、読む体験自体が貧しく、乏しいのはなぜなのだろうか、と。

 手前味噌ですが、私の講義の受講者の大半は、おそらく履修をしなければ一生アンブローズ・ビアスも野間宏の名前も知らず、もちろん読みはしなかったでしょう。それどころか『赤と黒』も、『大いなる遺産』も読まなかったに違いない。

 彼らが、それを読んだのは、大学という場所で、なかば高圧的に(つまりは単位取得という強迫の下で)読まされたからにほかなりません。もちろん、他にちゃんとした講義がいくらでもあるのですから、敢えて私の講義を選択するというところには、読書にたいする潜在的な意欲があるとしてもです。

 では、教育制度の、なかば強制的な働きかけの下でなければ、もう若い人に読書を、それもややとっつきにくい、コクのある本を読ませることはできないのか。

 私は、その点について絶望したくありません。

 実際、本を読む力と意欲のある人たちがいるのに、その人たちに本を手に取らせることができないのは、これはいかにも残念なことではないか。同時代に文芸評論家の看板を出していて、恥かしいことではないか、と思ったのです。

 情報革命の流れやテレビ、ゲーム、さまざまな娯楽や生活習慣の変化をいいわけにして、活字文化の頽勢(たいせい)を肯定してしまうことは、何とも卑怯なことではないか。

 そのような発想の下で、まず書いたのが一昨年に出した『作家の値うち』でした。

 拙著については改めて述べませんが、大量に流通している書物の海のなかで、多くの読者が困惑している、大宣伝に乗せられて買って後悔をしているという状況にたいして、一つの指針を提供しようとする試みでした。

『作家の値うち』が、「何を読むか」という疑問に答えた書物だとすると、本書は「どう読むか」に答えた本です。最高の文章ばかりを集めて、その味わい方を、知っていただくための本です。

「どう読むか」といっても、それは通り一遍の方法論ではありません。速読術や情報処理でもありません。

 ここで、一番みなさんに知って欲しいことは、本と自分の間に、いかに関係を築くかということ。

 書物と、緊密な絆を結び、友情を育むにはどうすればいいか、ということです。

 一言でいえば、みなさんの人生の地図の中に、はっきりと、大きく、書物の存在を書き込んでいただきたい。

 娯楽や、勉強といった目的にとらわれない、人生にとって不可欠の部分として、読書をとらえていただきたいのです。

 その関係の作り方、絆の結び方こそが、本書の目的なのです。

 そのために、ここでは、一語一句、じっくり逐語的にテキストを味わっていくところから、場所、時に応じて読むべき本の選択や読み方、読書と会話や飲酒といったことにまで触れていきます。ヨーロッパヘの航空機、食事が一段落した後にポート・ワインを舐めながらヘンリー・ジェームスを読む楽しみから、夏の午後に陽光の下で佐藤春夫の詩について論じあう楽しみまで。かっちりした文学論から、スノッブな愉悦まで、人生の楽しみの大半を、書物とともに過ごすすベをお教えしましょう。

 

(『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』より本文抜粋)

 

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福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる

 

 

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学び闘い抜く人間の「叡智」がここにある。

文藝評論家・福田和也の名エッセイ・批評を初選集

◆第一部「なぜ本を読むのか」

◆第二部「批評とは何か」

◆第三部「乱世を生きる」

総頁832頁の【完全保存版】

◎中瀬ゆかり氏 (新潮社出版部部長)

「刃物のような批評眼、圧死するほどの知の埋蔵量。

彼の登場は文壇的“事件"であり、圧倒的“天才"かつ“天災"であった。

これほどの『知の怪物』に伴走できたことは編集者人生の誉れである。」

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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  • 福田 和也
  • 2021.03.03