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ピタゴラスを殺した自分の「戒律」

天才の日常~ピタゴラス後篇

■豆を踏みつけるより死を選ぶ

 その死もいかにも非合理的だった。
 いくつかの対外戦争や反乱を経て、ピタゴラスと教団員たちはクロトンの街を追い出されることとなった。教団への入信を断られた者が怒って放火し、クロトンの市民が暴動を起こしたとも言われている。

 弟子達が身を挺したおかげでピタゴラスは命からがら逃亡するのだが、困ったことに逃げ道の先には豆畑があった。
 ピタゴラス教団の戒律の一つに「豆を食べてはいけない」というものがある。何故豆を食べてはいけないのか、後の時代の哲学者アリストテレスは「人の局部に形が似ているから」「冥界の門に似ているから」などの理由を推測したが、合理的な理由はわかっていない。とにかく、何か神秘的な理由があったのだろう。

 豆畑まで逃げてきたピタゴラスは「豆を踏みつけるくらいなら、殺されたほうがましだ」と言い放ち、追手に捉えられ喉をかき切られて死んだ。ピタゴラスにとって、生命を守ることよりも豆に関わらないことのほうが大事だったのだ。こうして、非合理的な神秘主義者ピタゴラスは、不条理な理由で現世を去ることとなる。

 ピタゴラスの魂は転生し、過去の魂の記憶を持ったまま永遠に生き続けるそうなので、もしかしたら現代でも世界のどこかに「ピタゴラスの生まれ変わり」となった者が生きているのかもしれない。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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