【2040年のモノ】自動運転車社会におけるメリット
2040年の「自動車」を想像してみる〈前編〉
■運転の楽しさより、再び「空間」として機能するように
──ITS(高度道路交通システム)も、もし実現したとしてパーソナルモビリティとしてのクルマが否定される危険性はないでしょうか。
松田:そうなったら、クルマの楽しみ方が変わると思います。たとえば僕はクルマの中で音楽を聞くのが好きなんですけど、音楽を楽しむにはクルマは素晴らしい空間だと思うんです。先日パイオニアにハイレゾ・オーディオナビを取材してきたんですが、ハイレゾ音源って、実は耳では感じられない周波数が多くて半分以上皮膚で感じているんだそうです。だからイヤホンより、空間で空気が振動した方が感動が伝わるそうで、クルマの空間はハイレゾを聴くのに適していると。また釣りに行く人は、やはり4WDで山深く入っていきたいでしょうし、先日もマツダの7人乗りSUVであるCX-8がヒットしましたが、クルマの中が誰にも邪魔されず仲間同士でワイワイできる空間として再び重宝されるようになる。運転の楽しさそのものより、仲間やファミリーの移動手段としてのクルマの価値が高まっていくんじゃないかと考えています。
──逆に自動運転がドライブの負担を減らし、みんなで楽しめる空間としての価値を高めてくれる。確かにこれまでドライバーは会話の蚊帳の外な場合が多かったですし(笑)。
松田:僕はもうひとつ、自動運転はカーシェアリングとか、公共交通的な普及をしていくと思います。例えばメルセデスは考え方がはっきりしていて、完全自動運転のクルマは完全にスマホで操作し家まで迎えに来てもらい、行き先を指定する個人のロボットタクシーみたいな存在にする。それとは別にパーソナルモビリティとしての性格が強い運転支援との二本立てにしていこうとしていて、BMWもそれは同じでしたね。ドイツにはアウトバーンがあって、速いハイパフォーマンスカーで時間をお金で買うという文化がある。そこは自己責任で飛ばしてもらって、都市部の移動は公共移動手段として使う、なんて使い分けになると思います。
──カーシェアなどの普及で、クルマを所有しないという選択肢も最近顕著になってきました。
松田:未来のクルマは乗合バスや乗り合いタクシーみたいな存在になるかもしれないですね。しかしそうすると運転手という職が必要なくなってしまう。ますます新たな職業を創設していかないと。
──でも本来、トラックやバスの方が公共性が高いのに、予防安全システムやEV化が遅れていますよね。大型車にエマージェンシーストップ機能がついたら、軽自動車に乗る人達が何人事故で死なずに済むか。しかし、実際には黒煙を撒き散らす旧型ディーゼルまで放置されていたりしています。
松田:経済がかかわってくると、コスト優先になってしまいますよね。あとクルマにはトランスフォーミング効果があると僕は考えています。大きなクルマに乗ると攻撃的になっちゃうという(笑)。ベンツにはつい道を譲っちゃうというかね。そういうクルマに乗った時の人間の潜在的な暴力性を補う面でも、自動運転は役に立ちますよね。ディーゼルは、原油から精製するときにガソリンと同じ量だけ作られますが、消費はガソリンの方が圧倒的。だから余ってしまい、安きに流れる。綺麗に燃やすという意味では、水素を使った方がいい。でも水素はタンクに充填するには液体水素に変えなければならないし、高い充填圧が必要で、それには電気が必要になる。トヨタはそこをブレイクスルーするために風力やソーラーを活用しようとしています。