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日本史の未遂犯 ~川中島で武田信玄に一騎討ちを挑んだ男~

日本史の実行犯 ~あの方を斬ったの…それがしです~スピンオフ【荒川伊豆守】

伊豆守を狙う槍

 主君の救おうと駆け付けた原大隅守(おおすみのかみ)という武田信玄の側近が伊豆守に駆け寄り、槍を突き出してきました。これをなんとか躱した伊豆守ですが、甲冑の肩上(わたがみ:肩の部分)の隙間に槍が刺さりました。その拍子に槍の柄が伊豆守の馬の尻を叩き、馬は驚いて立ち上がって走り出してしまいました。
 こうして伊豆守は、あとわずかというところで武田信玄を討ち漏らしてしまったのです。

 これ以降の伊豆守に関することは分かりません。
 江戸時代に成立した『北越耆談(ほくえつきだん)』などには、武田信玄と一騎打ちをした後に“討ち死にした”と記されています。
 また、武田方の『甲陽軍鑑』には、武田信玄は本陣を立ち退かず、床机に腰かけていたところを斬り付けられたとあります。西条山の奇襲部隊が下山して戦場に駆け付けたことで、上杉軍を挟み撃ちにしたといいます。伊豆守が討ち死にを遂げたとすると、その後半の戦闘の最中かもしれません。

『上杉家御年譜』などの上杉方の史料では、この合戦は“上杉軍の勝利”とされていますが、『甲陽軍艦』などの武田方の史料では“卯の刻(午前6時頃)に始まった戦は上杉軍の勝ち、巳の刻(午前10時頃)に始まった戦は武田軍の勝ち”としています。
 伊豆守にまつわる史跡は、川中島の古戦場にわずかに見ることができます。
 主君の上杉謙信と共に陣を張った西条山(妻女山)が今も同じ場所に聳え、その麓には伊豆守ら上杉軍が渡ったという「雨宮の渡し」跡が伝わっています。

 武田軍の本陣がこの近くに置かれたと伝わる「八幡原史跡公園(川中島古戦場)」には、有名な「信玄・謙信一騎討ちの像」が立てられています。もし上杉方の史料を引用するとしたら、この像は「信玄・伊豆守一騎討ちの像」となるので、その解釈の面白さもあるかもしれません。
 この公園内には、一騎討ちの際に三太刀で軍配団扇に多数の刀傷が付けられた(史料によって7カ所、8カ所、9カ所などばらつきあり)ことに由来する「三太刀七太刀跡の石碑」や、高坂昌信(武田信玄の側近)が戦死者を葬ったとされる「首塚」や、上杉謙信を槍で討ち損ねた(武田方では武田信玄を襲ったのは上杉謙信だったと伝わっている)原大隅守が悔しさのあまり槍で突き通したと言われる穴が空いた「執念の石」などが残されています。その原大隅守の槍と言われるものが、山梨県甲府市の武田神社(躑躅ヶ崎館跡)の「歴史博物館 信玄公宝物館」に現存しています。

 一方、山形県米沢市の上杉神社(米沢城跡)の「稽照殿」には、上杉謙信が川中島の戦いで使用したと言われる白頭巾が伝えられています。『甲陽軍鑑』には一騎打ちを挑んだ男の服装を「萌黄の胴肩衣に、白手拭で頭を包んでいる」と記しているので、これに由来するものかもしれません。上杉方の史料を前提にこの白頭巾を見ると「もしかすると伊豆守が被っていたものかもしれない」と想像が膨らんできます。

(『あの方を斬ったの…それがしです ~日本史の実行犯~』より)

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長谷川 ヨシテル

はせがわ よしてる

歴史ナビゲーター、歴史作家。埼玉県熊谷市出身。熊谷高校、立教大学卒。漫才師としてデビュー、「芸人○○王(戦国時代編)」(MBS、2012年放送)で優勝するなどの活動を経て、歴史ナビゲーターとして、日本全国でイベントや講演会などに出演、芸人として培った経験を生かした、明るくわかりやすいトークで歴史の魅力を伝えている。テレビ・ラジオへの出演のみならず、歴史に関する番組・演劇の構成作家や、歴史ゲームのリサーチャーも務めるほか、講談社の「決戦! 小説大賞」の第1回と第2回で小説家として入選するなど、幅広く活動している。NHK大河ドラマ『真田丸』(2016年)の第3話に一般エキストラとして14秒ほど出演。また、金田哲(はんにゃ)、山本博(ロバート)、房野史典(ブロードキャスト!!)、いけや賢二(犬の心)、桐畑トール(ほたるゲンジ)とともに、歴史好き芸人ユニット「六文ジャー」を結成、歴史ライブやツアーを展開中。トレードマークは赤い兜(甲冑全体で20万円)。前立ては「長谷川」と彫られている(特注品で1万5千円)。著書に『ポンコツ武将列伝』(柏書房刊)『マンガで攻略! はじめての織田信長』(原作・重野なおき、金谷俊一郎との共著、白泉社刊)がある。雑誌『歴史人』の人気ウェブ連載をまとめた『あの方を斬ったの…それがしです ~日本史の実行犯~』が3月19日(月)配本!


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  • 長谷川 ヨシテル
  • 2018.03.20