国民が貧困にならなければ、国家は赤字になっても構わない【中野剛志×黒野伸一】
この国はどうなる!? ポストコロナとMMT【対談第3回】
黒野:経済問題も法律もすべて人に結び付く。要は人のメンタリティの問題じゃないかと。新自由主義でも、私はトリクルダウンが起きると思っていた。これもメンタリティなわけですよね。共産党員じゃないから分配とか言いたくないんだけど、やはりおかしいんじゃないかと。儲かっている企業が一人勝ちしていいのかと。これだけ儲かったんだから少し還元しなきゃとかね。普通、思うんじゃないのってね。でも人はそうは思わないからこうなっているんだよね。法律や税制で規制とかいう話じゃなくて。だから格差も拡がる。
中野:その通りです。アメリカはコロナ発生後、MMTだけでなく主流派経済学の学者たちまで「政府の債務や赤字を心配している場合じゃない」と言い出すようになった。バイデン政権のジャネット・イエレン財務長官なんか、「もうこんなに歴史的な低金利なんだから、財政赤字なんか気にする必要はなくて出しまくれ」と、200兆円の追加経済対策を決めた。当然、アメリカでも、インフレがどうのとか、金利が上がったらどうするとかいう批判はあったのですけど、それに対して彼女がなんて言ったかというと「The world has changed!」、“世界はもう変わったのよ”と。金利が低いんだから、債務の心配をする必要はない。そんなことよりも大事なのは、コロナから国民を救うことだと。財政支出の規模こそ論争になっているものの、これはもう、アメリカの主流派経済学者の間でもコンセンサスではないでしょうか。ちなみに日本の長期金利は、過去二十年間、超低金利状態で、今ではアメリカの12分の1くらいしかありません。イエレンが日本の財務大臣だったら、50兆円以上の追加経済対策を決断していても不思議ではない。アメリカは、こういう危機のとき、エリートたちがきちっと変わるんですよ。
黒野:コロナが来ないとわからないのかよという気もしますが。
中野:まあ、それはそうですが。もっともコロナ以前に、リーマン・ショックをきっかけに、主流派経済学でも、ポール・クルーグマンのような有名なノーベル経済学賞受賞者の経済学者とか、ローレンス・サマーズとかが財政政策の必要性と有効性を言うようになっていたし、リーマン・ショックの前からも、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツなどリベラル派の経済学者とかも政府支出を拡大するべきだって言っていた。アメリカでは、主流派経済学の権威と言われる人でもそういう主張をしてきたし、特にコロナ後は、目に見えて変化してきた。二十年以上もデフレなのに財政支出の抑制や増税を繰り返し、コロナ渦が起きてさえも、その対策も不十分なまま、もう財政赤字を心配しているような日本の知的状況とは、まったく違う。
黒野:日本はアメリカ追従型なのに……。
中野:70年間もアメリカに憧れてせっせと留学とかしてきたくせに、こんなときこそ、少しはアメリカを見習ったらどうなんだ。ここまでくると、日本が25年も経済が成長しなかった理由は、不思議でもなんでもない。「間違っていました」ではすまされない。他国と比べても無残な知的状況で、これはかなりヤバイですよ。でも、敢えて明るい話題をもう一回言うと、世代の変革というのはさすがにあるので、私のような主張も10~20年前に比べてだいぶ有利になってきている。もう、新自由主義とか構造改革なんかをまだ理想視しているのは爺さんだけ。ということは、こう言ってはなんだけど、時間が解決する。
黒野:でも新しい政府を見ていると、まだその辺が……。菅さんそのものが竹中さんの弟子だし……。竹中総務大臣の時に菅さん、副大臣だったでしょう。
中野:日本は、この20年間の改革で、保健所の数を半分に減らしていたわけですよ。それで、今更PCR検査の数が足りないと言って騒いでいますけど、保健所の数を半分に減らしておいて何を言っているんだという話です。2019年末くらいまで、病院の病床数も減らそうとしていて、その旗を振っていた有名な財政健全化論者の財政学者は、コロナ禍の発生を受けて、慌ててそのツイート消したらしいですけれど。「財政が危機だからそんな余裕はない」という発想、ここなんですよ、諸悪の根源は。全部ここ。
黒野:金がかかるから備えておかないって、そんな理屈が通るのが理解できない。