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ソ連のスパイが書いたハル・ノート原案

日米両国の対立を煽ろうとする強い意志 シリーズ!日本人のためのインテリジェンス・ヒストリー④

■反発が強かった排日移民法

 また、当時の日本では、アメリカの排日移民法(日本人の移民を認めない)への反発が強く、日米間の懸案のひとつになっていました。第六条はその解決を約束しているように見えますが、よく見ると実際は空手形です。

 排日移民法の「廃止」を約束しているわけではなく、「排日移民法を廃止する法案を議会に示し、その法案制定を推進すること」を約束しているだけだからです。

 日本と違ってアメリカでは、政府は法案提出する権限がありません。議会が言うことを聞かなければそれまでですし、法案が提出されても可決されるかどうかはまた別の話です。

 また、第七条は「貿易協定の折衝をやりましょう」ということであって、結論がどうなるかは交渉次第です。

 その一方で、ホワイトが日本に突きつけようとした要求はこうでした。

C.日本政府は以下を行うことを提案する。
一、すべての陸海空軍および警察力を中国(一九三一年の境界で)、インドシナおよびタイから撤収する。
二、[蔣介石率いる]国民政府以外の中国におけるいかなる政府[つまり、日本と連携していた汪兆銘政権]への支援──軍事的、政治的、経済的──を中止する。
三、中国に流通しているすべての軍票、円、およびかいらいの紙幣を中国、日本、英国、合衆国の各財務省で合意したレートで円貨幣に交換する。
四、中国における治外法権はすべて廃止する。
五、中国再建の援助のために年利二%で十億円の借款を提供する(年額一億円とする)。
六、合衆国が選択した海軍艦船および航空機を、日本の海軍および空軍力の五〇%までの範囲で、向こう三年間直ちに合衆国政府に貸与する。貸出料の年額は原価の五〇%とする。
七、現在日本が産出している戦争資材の半分を限度として合衆国に売り渡すものとする。戦争資材には、海軍、航空、兵器、商船を含み、合衆国の選択に基づいて、原価プラス二〇%を売却額とする。
八、日本帝国全域において合衆国と中国に最恵国待遇を与える。
九、合衆国、中国、英国、蘭印(及びフィリピン)との間に十年間の不可侵条約を交渉する。(同、pp.45-47. ( )内は原文のまま、[ ]内は引用者の補足)

 ソ連のパブロフがホワイトに指示した二つの項目がしっかり入っています。

「日本が中国と満洲への侵略を中止して軍を撤退させること」は一条と二条に、「日本が軍備の大部分をアメリカに売ること」は六条と七条にそれぞれ入っています。

 六条で「日本が保有する戦艦と飛行機の半分をアメリカに貸し出せ」と言い、七条で「残りの半分をアメリカに売れ」と言うのですから、「大日本帝国は丸腰になれ」と言っているのと同じです。

 アメリカは「満洲を日本の一部として認める」が、同時に「日本の軍事力の大半をアメリカに売れ」と言っているのです。満洲を実効支配する軍事力を失えば、満洲はソ連の支配下に落ちることになります。

 さらに中国についても、アメリカも手を引くので、日本も手を引けと言っているのです。日米両国が手を引き、軍事的に真空地帯となった中国に対してソ連は侵略し放題というわけです。要するにホワイトは、満洲と中国をソ連に引き渡す環境を整えようとしたのです。

 このようにソ連に圧倒的に有利である一方で、日本に対して極めて挑発的かつ敵対的な覚書案を、ホワイトは次のような強烈な脅しで締めくくっています。

D.世界情勢の展開に鑑【かんが】み、合衆国は現在の日米関係の不安定な状況の継続を許容し得ず、また、今や決定的行動が必要であると感じるがゆえに、合衆国は、上記の寛大かつ平和的な二国間の問題解決を向こう三十日間のみ提供する。
もし日本政府がその期間の満了前に、合衆国側が提案した合意を受け入れると表明しないならば、それは、現在の日本国政府がこれらの問題解決法として、別の、より平和的ならざる方法を望んでおり、おそらくはさらに侵略を進める好都合な機会を待ち受けていることを意味す
るのみである。
日本がここに示した条件下での平和的解決の提案を拒否することを選択した場合には、合衆国は自国の政策を適宜決定せざるを得ない。
かかる政策の第一歩は日本からの完全禁輸となろう。(同、p.47)

 ホワイトのこの覚書は、このときはまだ、日米交渉のテーブルに乗ることはありませんでしたが、日米両国の対立を煽ろうとする強い意志を感じさせます。

第二次世界大戦中の反日感情をあおるアメリカのプロパガンダポスター

(『日本は誰と戦ったのか』より構成)

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江崎 道朗

えざき みちお

評論家。専門は安全保障、インテリジェンス、近現代史研究。



1962年生まれ。九州大学卒業後、月刊誌編集、団体職員、国会議員政策スタッフなどを経て、2016年夏から本格的に評論活動を開始。月刊正論、月刊WiLL、月刊Voice、日刊SPA!などに論文多数。



著書に『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP新書)、『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』(祥伝社新書)、『マスコミが報じないトランプ台頭の秘密』(青林堂)、『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾』(展転社)ほか多数。



 


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