女性蔑視発言で辞任騒動、アニメ・CM放映の自粛。何のためのポリティカル・コレクトネスか?【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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女性蔑視発言で辞任騒動、アニメ・CM放映の自粛。何のためのポリティカル・コレクトネスか?【仲正昌樹】

 

■「正しい言い回し」への置き換えを推進したのは……

 

 周知のように、PC(Political Correctness)とは、差別を含んでいると思われる不適切な言葉や表現を指す。男性はずっと〈Mr.〉であるのに、女性は結婚しているか否かで〈Miss〉と〈Mrs.〉に分けるのは、女性を家や夫に属するものとする社会的偏見を反映しているので、政治的に正しくない、とされる。黒人は正しくは、〈African American〉、インディアンと呼ばれてきた人たちは正しくは、〈native American〉、と呼ばれるべき、ということになる。

 こうした「正しい言い回し」への置き換えを推進したのは、アメリカを中心とする英語圏の新左翼系の運動だが、彼ら自身はPCという表現をポジティヴな意味で使っていたわけではない。どちらかと言えば、左翼運動内部に生じつつあった、教条主義的で堅苦しい雰囲気を、自嘲するのにこの言葉を使っていたようだ。

 左翼は、キリスト教の教義や古い伝統に固執する保守派に対抗して、自由な言論や生き方の多様性を要求しているのに、反差別のための闘争が教条主義的になって、言論の自由を圧迫するようになったら、本末転倒だからだ。左翼は、正解・不正解が決まっているかのような、〈right/false〉〈correct/incorrect〉のような言葉で政治を語ることを嫌う――少なくともそういうポーズを取る――傾向がある。

 哲学者で古典文献学者のアラン・ブルーム(1930-92)が『アメリカン・マインドの終焉』(1987)で、プラトン以降の西欧の代表的古典を白人男性中心主義として攻撃し、古典の地位から追い出そうとする、左翼の“多文化主義”によって、アメリカの高中等教育が混乱を極めていると非難したことを皮切りに、保守派の間から、潔癖主義的に政治的中立性を求める左翼の文化政治を問題視する議論が提起された。その流れで、90年代以降、左翼の文化警察的な狭量さ、異端審問的態度を示す言葉としてPCが使われるようになり、左翼側もやむなく、PCを擁護することになったようである。

 では、差別と闘ううえで、PC的な戦略は有効なのか、それは“正しい”やり方なのか。これについては、ジャマイカ出身の英国の社会学者でカルチュラル・スタディーズの代表的理論家スチュアート・ホール(1932-2014)が、論文「PCを経由するいくつかの『政治的に正しくない『経路』」(1994)で、左翼の立場から、PCの目指す目標については同意しながら、その戦略上の問題について非常に的確な指摘をしている。私から見て重要な箇所を引用しておく。

 「他方で、PC推進派は、言語の日常的な使用に組み込まれている前提に挑戦することと、言語の警察をするのは別のことだと知るべきである。人々の少数派に対する集団的な態度を変化させるべく試みることと、彼らに何をすることができて、何をすることができないか教えてやることは全く異なっている。(…)問題を表に出したうえで、それと取り組むことなく、当該の問題を沈黙させてしまおうとする戦略は、原因のレベルではなく、兆候のレベルで問題と取り組もうとすることである」

 「言語の重要性を理解している者なら誰でも、意味が最終的に固定化されることはないことを知っている。何故なら、言語はまさにその本性からして、多重の強調点を持ち、意味は常に滑り落ちていくものだからである。言語が無限に多重の強調点を持っているという事態にイデオロギー的に介入し、言語と世界の関係を固定化し、たった一つのことしか意味し得ないようにしようとするのは右翼のやることである(…)しかしながら、立法のプロセスを通して、言語を固定化することを試みるべく介入することができる、あるいは、そうすべきという発想は、まさにジョン・パッテンがやっているゲームを上下、あるいは裏表を逆にして演ずることに他ならない」

 

次のページ偏見の種類も、言語への現れ方も一様ではないということ

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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