「コロナ禍」でのカミュの言葉と、二人の自殺者の遺書【呉智英×加藤博子】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「コロナ禍」でのカミュの言葉と、二人の自殺者の遺書【呉智英×加藤博子】

呉智英×加藤博子の「死と向き合う対話」

 

■老人の美しい死について 〜 木村セン

 

呉:まず木村センです。これは俺の学生時代に詩人の松永伍一(まつながごいち)(1930ー2008)の『荘厳なる詩祭』に取り上げられていて知った。松永その人も優れた人物で『日本農民詩史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞しています。この『荘厳なる詩祭』は、明治から昭和までの二十代で死んだ十数人の若き詩人たちを論じている。病死あり自殺あり獄死あり。獄死のなかには拷問死もある。そして最終章だけ、六十代で自殺した無名の農婦を取り上げています。

加藤:対比が見事な感じですね。

呉:この農婦、木村センは、明治中頃に群馬の山村に生まれ、同地の農家に嫁ぎます。生涯働きづめ、もちろん教育だの学問だのには無縁。老いの兆しが見える頃、凍った外便所で転倒して骨折、寝込むことになる。蒲団の中でセンは、字を覚えようとします。反故(ほご)紙にちびた鉛筆で、小学校入学を控えた孫娘に字を習うんです。何のためにか。遺書を書くためにです。そして何日か後に自ら命を絶ちます。

加藤:壮絶にして感動的。遺書を書くだけのために字を覚えるなんて。

呉:人類が初めて文字を知った時の感動とは別の、そして実はどこかでつながる感動だよね。その遺書も内容としてはどうということはない。家族への感謝の気持ちと後世(ごせ)の幸せを願う御詠歌(ごえいか)の一節のみ。たどたどしい文章です。

 

  一人できて 一人でかいる しでのたび

  ハナのじよどに まいる うれしさ

  ミナサン あとわ よロしくたのみます

 

 上州訛(なま)りそのままだし、平仮名と片仮名も混用しているし、漢字も書けない。しかし、美しさと悲しみを湛えています。「一人で来て一人で帰る死出の旅」というのも生・死の本質を突いているよね。その向こうに「花の浄土」があるとするのは浄土宗の考えだし、本当に「うれしい」かどうかはわからない。しかし胸を打つものがあります。 俺がこれを紹介して、朝倉喬司がさらに取材を重ねて一冊の本にした。これで木村センを知る人が増えた。糸井重里(1948一)も木村センについてネットなどで紹介してます。糸井も群馬出身だから、特に親しみがあったのかもしれない。

加藤:文字にしなければ消えてしまっていた想いが、書かれたことで遺って、伝えられてゆく。

呉:ところが、なんといおうか、そのおかげで『荘厳なる詩祭』の初版本の古書価が高騰してるんだよ(笑)。五千円とか八千円とかするらしい。

加藤:せちがらいリアリズム。

 

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[caption id="attachment_885451" align="alignnone" width="204"] 呉智英×加藤博子著『死と向き合う言葉:先賢たちの死生観に学ぶ』(KKベストセラーズ)絶賛発売中![/caption]

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