賢者は未知の事態にどう身を処したのか?『思想の免疫力』発売直前【中野剛志×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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賢者は未知の事態にどう身を処したのか?『思想の免疫力』発売直前【中野剛志×適菜収】

「小林秀雄とは何か」中野剛志×適菜収 対談第1回

 

 

■なぜ丸山眞男を批判するのか

 

中野:世間では「小林秀雄は分かりにくい」って誰もが言う。「論理的じゃない」とか「自分だけが分かってる書き方をしてる感じだ」といった感想も聞いたことがある。

 確かに、そういう印象をもたれてるんですけど、私はこの本でそういうことではないことを示せたと思うんです。自分で読みながら、書きながら思ったんですけど、私に言わせると、丸山眞男のほうがよっぽど非論理的ですよ。ものすごく読みにくいし。小林秀雄のほうがはるかに論理的で分かりやすい。丸山眞男は、言っていることが曖昧だし、特に丸山の小林秀雄批判は、引用や出典の明記もちゃんとしていないし、アンフェアなものです。とても社会科学者の文章じゃない。やはり、丸山の小林批判は、世間一般の誤解とかイメージとかに合わせて書いているのでしょう。どう読んでも、いや、読めば読むほど、不思議なほど小林秀雄のほうが論理的に思えるのに対し、丸山眞男の文章は何を言ってるか分からない。

 ところが、世間のバイアスっていうのはひどいもので、のっけから「小林秀雄は分かりにくい」、「小林秀雄は文学だ」、「丸山眞男は論理の世界の社会科学だ」ということで、きれいに分けてしまっている。小林秀雄のファンですら、そういう分け方をしているのではないでしょうか。

適菜:私も『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』(講談社+α新書)で書いたのですが、小林の文章は別に難解なのではありません。扱っている対象が難解なのでもない。扱っている対象の「扱い方」が難解なのです。そもそも小林は、言語に馴染まない領域、言葉で簡単に言い表せないものを扱っているわけですよね。だから、論じ方は直線的なものにはならない。たとえば香りは構造的に言語で言い表せないので味覚を比喩として利用します。直接指し示すことができないが暗喩できるものもあります。小林の批評も、外枠を組み立てることで、中心を示すようなものになった。これは小林自身が書いていますが、自分の仕事は公開不可能な具体的な技術だと。切籠の硝子玉を作るような気で、いろいろな側面から、書くようになったと。

中野:全くおっしゃるとおりですね。私も自分で小林秀雄の解釈を書いてて、小林が書こうとしてる領域の扱いの難しさを実感し、小林が言葉で表しにくいようなところをなんとか表現しようとしてるのがよくわかりました。例えば、私が「小林は何を書こうとしてるのか」を一生懸命、解釈しようとするわけです。その解釈を私は自分の言葉でやるんですけど、そのとき、私も切籠細工みたいに、ああ言ってみたり、こう言ってみたりしてといったように、表現する。

 小林秀雄も同じ対象ばかり扱っているのですが、その対象の照らし方が、上からやったり、下からやったり、あちこちから照らして工夫しています。それが小林の文章を読んでいるとよく分かった。私もまたそのことを言葉で書こうとして、いろいろ工夫しているうちに、自分の言葉のほうが拙いものだから、だんだん面倒くさくなって、最後は「もう、自分で小林秀雄を読んでくれ」って言いたくなった。あるいは、小林秀雄の書いていることを引用するために写していくうちに、全部写したくなってきた。

 「ああ、小林秀雄が書こうとしていることは、小林秀雄が書いてる方法以外では書きようがないのだな」ってことが少しずつ分かってきた。そのうちに、なんのために、この本書いてるのかも、よく分かんなくなってきて(笑)。

適菜:世の中のたいていのものは模倣か引用です。私が書いた『小林秀雄の警告』も引用ばかりですよ。そもそも、世の中にあふれている文章は、出典を明記しないか、出典を特定できない引用にすぎません。小林はこう言っていますね。「模倣してみないで、どうして模倣出来ぬものに出会えようか。僕は他人の歌を模倣する。他人の歌は僕の肉声の上に乗る他はあるまい。してみれば、僕が他人の歌を上手に模倣すればするほど、僕は僕自身の掛けがえのない歌を模倣するに至る。これは、日常社会のあらゆる日常行為の、何の変哲もない原則である」(「モオツァルト」)

中野:だから適菜さんの本『小林秀雄の警告』の最後も「小林秀雄全集を読んでくれ」と書いて終わっていましたね。結局、そういうことなんですよ。小林って、文体をごてごてといじくり回してるんじゃない。非常に簡潔だし、無駄がない。こうとしか書きようがないという書き方で書いているんですよ。ところが多分、世間の小林秀雄ぶった人っていうのは、もったいぶって訳の分からないことを、偉そうにごてごて書いてる。全然、別物ですね。小林の表現は切籠細工のように多面的だけど一面、一面それぞれの切り方は率直だし、すごくスパッと鋭い。だから本当に筆の達人ですね。これを解釈するっていうのは、自分の表現力の拙さを思い知らされるようなもので、本当、途中で嫌になっちゃうところがありました。

 

 

次のページ小林秀雄が警告していた「近代の問題」

KEYWORDS:

「新型コロナは風邪」「外出自粛や行動制限は無意味だ」
「新型コロナは夏には収束する」などと
無責任な言論を垂れ流し続ける似非知識人よ!
感染拡大を恐れて警鐘を鳴らす本物の専門家たちを罵倒し、
不安な国民を惑わした言論人を「実名」で糾弾する!

危機の時にデマゴーグたちに煽動されないよう、
ウイルスに抗する免疫力をもつように、
確かな思想と強い精神力をもつ必要があるのです。
思想の免疫力を高めるためのワクチンとは、
具体的には、良質の思想に馴染んでおくこと、
それに尽きます。――――――中野剛志

専門的な医学知識もないのに、
「コロナ脳」「自粛厨」などと
不安な国民をバカにしてるのは誰なのか?
新型コロナに関してデマ・楽観論を
流してきた「悪質な言論人」の
責任を追及する!―――――――適菜収

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中野剛志/適菜収

なかの たけし/てきな おさむ

中野剛志(なかのたけし)

評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)NationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。

 

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

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