尊敬に値しない無能な「上司」に悩まない対話術【福田和也】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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尊敬に値しない無能な「上司」に悩まない対話術【福田和也】

福田和也の対話術

 

 

■人は平等ではない、という事態を弁(わきま)えておくこと

 

 では、敬語における緊張とは何でしょうか。

 それは、敬語の本質にたいして、常に意識的であるということです。

 敬語の本質とは何でしょう。

 それは人間とはけして平等ではない、均質な存在ではない、ということです。

 人間は平等ではない、などと云うと驚かれるでしょうか。

 そりゃ、私のような人間だって、法的、公的には人間は平等であると思っていますよ。そうでないと困ります。

 しかしまた、個々人の主観から見た場合、けして人間は平等ではない、むしろきわめてはげしい偏差をもっているのではないでしょうか。

 いや、私にとっては人間は平等だ、誰もが同じ価値をもっている、と云う方は、この文章を読むのはやめて下さい。そういうウルワシイ心をもっている、あるいはもっていると思い込んでいる方は、私の読者としてふさわしくありませんから。

 イバッても仕方がないのですが、言葉について考える時には、やや反社会的な感覚が結構大事なのですね。世間で大手を振って歩いているような観念を鵜呑(うの)みにしているようなことでは、しっかり会話をすることなどは出来ないのです。

 人は平等ではない、という事態を弁(わきま)えておくことが、なぜ敬語を用いるにあたって大事なのか。

 それは、敬語がけして自分が相手と平等・均質ではない、という認識の直接的な反映であるからです。それは、どちらが上とか下ではない、対等かつ同質ではないという緊張の反映なのです。

 私事ですが、私はかなり親しい友人との間でも、敬語を使うのが好きなのですね。というよりもそうしなければいけないと思っている。まぁ泥酔している時は別ですが。

 ぞんざいな口をきいたり、対等に話したりすることが、親しさのあらわれであると考える人が少なくありません。しかし、私に云わせると、それは親しさではなく弛緩(しかん)なのです。私は女友達に対しても、どんなに親しくても敬語を使っていましたし、家内にたいしても敬語を使います。

 それを他人行儀だと思う人もいるでしょうが、いかな恋人、夫婦といえども他人です。けして自分ではない。当たり前のことです。

 恋人といえども他人である、という認識があって、はじめて信頼と尊敬が生まれるのですし、さらに云えば「甘え」ることも出来るのです。ここのところを崩してしまったら、親しさも何も成立しない、なし崩しにおかしくなっていくだけです。

 その点で面白いのは、関西弁での敬語のあり方です。大阪、京都、神戸の方の話し方を観察すると、とくにご婦人方の話し方はいい。

 もちろん関西といっても、いろいろあるでしょうが、一定のクラスの人たちの話し方を聞いていると、その柔らかさとともに、敬語の頻用に驚かされます。それこそ夫婦間どころか自分の子供について話す時にも、「……しはった」などと敬語を使い、さらにはなはだしい場合には、「泥棒さんが入りはった」などと自分が被害にあった場合においても、徹底的に物柔らかく、かつ敬語を崩さないのです。

 こうした敬語の使い方が優美であることは否定できませんが、同時にいかな子供であれ、見も知らぬ泥棒にであれ、敬意を表して見せる意識の油断のないスキのない姿勢こそが、その柔らかさを確かなものにしていることも否定出来ないでしょう。

 

『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』から本文一部抜粋)

 

 

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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  • 2021.03.03