「日本遺産」石川県小松市の石文化をたどる
石川県小松市には「ストーリー」として日本遺産に認定された『珠玉と歩む物語』がある。日本遺産とは、地域に点在する有形・無形の文化財群と歴史的魅力や特色を紐付け、地域全体の魅力として国内外に発信していく取り組みである。古くは弥生時代から、石と共に歩んできた町を訪ねた。
■王が好んだ碧玉のアクセサリーと庶民の生活に根づく石文化
日本では弥生時代、自然や権力の象徴として緑色が貴重とされ、小松で産出される「碧玉」を原料に人々は玉づくりを始めた。勾玉や管玉など当時の装飾品のパーツだ。以来、小松の人々は約2300年にもわたって良質な凝灰岩や九谷焼の原料となる陶石など、石を資源として捉えて加工技術を磨いてきた。
特に「碧玉」のアクセサリーは現代の技術を用いても再現できないほど高度な加工技術で作られており、弥生の王たちを魅了した。
中世には鉄製の石工道具の発達により生活用具、石仏、石塔、彫刻品の制作も始まる。生活・信仰・文化に根づいた石の利用が定着し、人々に広く受け入れられ文化として磨かれてきたのだ。
■歴史と自然が形づくる岩の寺「那谷寺」
養老元年(717年)に高僧・泰澄の創建と伝わる「岩屋寺」と名付けられた那谷寺は、自然の神々を崇める白山信仰の寺として歴史を刻む。
岩壁の形に沿うように建てられた本殿「大悲閣」は国の重要文化財に指定されており、御本尊の周りを祈り歩く「いわや胎内くぐり」を行うと、魂が生まれ清められるとされている。
俳人・松尾芭蕉が訪れたことでも知られ「石山の 石より白し 秋の風」と句を詠み、境内には句碑も残る。岩と自然が織りなす美しい景色は、今も変わらず多くの参詣者の心を惹きつけている。
■江戸時代から採掘が続く「滝ヶ原石切り場」
堅牢な「滝ヶ原石」は、現在も小松市内で採掘が行われている。約6000万年前に火山が堆積し、地殻変動を経て形成された凝灰岩の山をくり抜いている滝ヶ原採掘場だ。
通常立ち入ることはできないが、現地のガイドツアーを申し込めば見学が可能。山肌を大きく切り開かれた形状は巨大要塞を思わせる。
入り口付近の岩壁はごつごつとした形状で、奥に進むにつれて幾何学模様になっているのがわかる。江戸時代に手作業で丹念に掘削した跡と、現代の電動ノコギリを用いた機械掘りの跡である。
手作業の時代には石工道具を使い50〜60㎝掘り進めるために7〜8年の時を費やしたという。ひとつの石を切り出すのにツルハシを振りおろすこと数千回。気の遠くなるような作業に当時の石工たちに思いを馳せずにはいられない。
石切り場からは化石も多く発掘されている。黄色や茶色の模様に見える部分は太古の「木」。珪化木とばれ、残念ながら強度が足りないため石としては使えない部分だ。
無彩色の幾何学模様に浮かびあがる曲線の色彩は、自然が長い時間をかけて作り上げたアートのよう。
滝ヶ原町内には明治後期から昭和初期にかけて11橋のアーチ型石橋が建造され、現在は5橋が残されている。外国から石橋の技術が伝わった九州地方以外でアーチ型石橋群を見られる場所は極めて少なく、小松が独自の石文化を積み上げてきたことがわかる。
■石からうまれる「九谷焼」を受け継ぎ未来へつなぐ場所
明治期に欧米で「ジャパンクタニ」と称えられた色絵陶磁器をご存知だろうか。江戸時代後期に小松市花坂地区で発見された花坂陶石を用いた「九谷焼」である。
産地の中でも最大級の窯元・寿峰窯(宮吉製陶)。日常使いのできる食器や花器、骨壷まで、形も大きさも様々な九谷焼素地が製造されている製陶所だ。
土から器の形を作り、細やかな絵を描く。熟練職人の手の動きはまるで機械のように正確で、それでいて手仕事の風合いや緻密さが見てとれる。
2019年、工房に隣接して「九谷セラミック・ラボラトリー」がオープンした。製土工場・ギャラリー・体験工房・レンタル工房・外土間を備えた九谷焼の複合型文化施設だ。
九谷焼の製土工場が施設内で稼働しており、陶石粉砕から陶土が完成するまでの工程を見学できる。ギャラリーでは九谷焼の製造工程を学べる常設展示や作家たちによる企画展示を開催。気に入った作品は購入も可能だ。
この日も若手作家育成のためのレンタル工房では、思い思いに創作に取り組む若者や、地元の小学生が絵付け体験に訪れていた。
石切場から切り出された石材は、建造物をはじめ小松市内の景観に見ることが、できる。小松を訪れるなら周辺の粟津温泉や山中温泉、山代温泉などの温泉旅館への滞在がおすすめだ。きっとこの地から切り出された石の湯船に出会えることだろう。
小松の石文化にふれ、九谷焼で供される料理を味わい、滝ヶ原石の湯船につかる。そんな日本遺産の楽しみ方もオツなものである。
日本遺産サミット in 石川県小松市 2021年11月13日(土)・14日(日) 全国の日本遺産登録地域が一堂に会する「日本遺産サミット in 小松」が開催される。小松と石をめぐる物語はこれからもまだまだ続いていく。