定年後、急に家族に命令するようになった父
定年後に夫婦仲良く暮らすコツ①
その頃、身内の葬式があったのだが、そこで父はすべての段取りをひとりで決めてハイテンションで、こうしろ、と命令した。私もその様子を見て、ちょっと精神状態がまともではないな、と感じたくらいだ。
どうもこういうことらしい、と私は考えた。仕事をやめてしまって、父は自分が一家の主であるという自信が持てなくなったのだ。家長であるというアイデンティティーが持てなくなり、だからこそすべてを命令しておれの言う通りにしろ、と声が大きくなってしまうのだ。
男の誇りってむずかしいものだな、と私は思った。仕事からリタイアしただけで、もうおれが一家の中心にいるわけではないのか、と焦り、暴走してしまっているのだ。
そんな父が、その後どうなったかというと、命令口調時代は三年ほど続いただけだった。六十三歳ぐらいになって、父は元通りの民主的な人間に戻ったのである。人とも穏やかに話し、人の意見もきき入れるようになった。
つまり、その頃になってようやく父は自分が老人であるということを受け入れるようになったのであろう。ならばなるべく理性的な老人でいよう、と落ちついて考えられるようになったのだ。
父のそういう暴走の時期を見てきて、仕事からリタイアした男というのは人生のピンチに立っているのだな、と私は感じたのである。
自負の持ち方に苦悩してしまうのだ。老いていく中で、誰もが直面する危機だと言ってもいいだろう。
だから本書では、夫も妻も、どのように老いていくのがいいのかを考えてみたいのである。
<清水義範著『定年後に夫婦仲良く暮らすコツ』より構成>
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