今日は「地獄」か「天国」か。談志師匠に振り回された前座時代の1日
大事なことはすべて 立川談志に教わった第3回
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1年2か月もの長きにわたった見習い生活に別れを告げ、晴れて芸名「立川ワコール」と決まったのは、ホントにうれしいことでしたが、ただあくまでも見習いが終わり、「こいつなら楽屋泥棒もしなさそうだし、楽屋にいても迷惑はかけないだろう」という最低限の評価を得たにすぎません。
ここから前座生活が始まります。
前座の基本的な一日とは、「師匠の用をこなす」のが第一義なのは相変わらずです。落語会のない日の前座時代の合言葉は「12時練馬集合」。大泉の師匠宅の近所のスーパーの公衆電話前に11時50分頃、集合します。
そこから師匠に電話し、「すぐ入ってくれ」と言われたら「地獄」、「今日は一人でいさせてくれ」と言われたら「天国」なのです。
まあ、天国として「与えられた自由な時間」の積み重ねが、あとあと「二つ目昇進の差」にもつながるのですが、当時はそんなこと知る由もありません。
師匠から招集がかかったら、その日一日は師匠と行動を共にし、師匠に言われたことをひたすらこなします。練馬の家の掃除や片付けだったり、ツツジの手入れだったり、スクラップブックの整理だったり、洗面所の修理だったり……。
「こんなことやって、いったい何の役に立つのか」と思いますが、今、結婚して家庭を持って非常に役立っています。
冗談はともかくとして、そこでも常に師匠から行動をチェックされるのです。後ろにも目のある師匠です。トイレ掃除だからといって気は抜けません。常に前座がどこに配置され、今、何をしているか把握しているのです。
ひとしきり前座としての勤めを終えた後、事務所へと師匠から言われた要件に走る弟子もいれば、前座として他の師匠の独演会や寄席に向かう弟子もいます。何も予定のない弟子は、ひたすら師匠が「帰れ」と言うまでそばにいることになります。