「個性なんて迷惑だ」と言った立川談志は筋が通っている
大事なことはすべて 立川談志に教わった第5回
■信頼関係の構築なしに「個性尊重」はあり得ない
毒蝮三太夫さんが「ババア」と言えば個性ですが、駆け出しの芸人が「ババア」とでも言おうものならタレント生命の終焉となるように。そんな信頼関係の構築なしのいきなりの「個性尊重」はあり得ないと、師匠は異を唱えていたのでしょう。
「行動のみならず、言語も思考も合理的ショートカット」という師匠談志でしたが、きちんとした手続きを踏まない非合理的ショートカットでの「個性尊重」という今の世の中に疑問を持ち続けていたのです。
そんな厳しい師匠でしたが、その代わり二つ目や真打ちに昇進すると、途端に前座に向かって「おい、兄弟子にそんなことさせるんじゃない!」と、手のひらを返すように大事にしてくれるような優しさを持っていました。つまり、「前座修業」という過酷な期間は、師匠と自分との間に「信頼関係」を築く大切な期間なのです。
私の上には惣領(そうりょう)の文字助(もじすけ)師匠を筆頭に16名もの兄弟子がいます。どの方もみんなそれぞれ非常に個性的で魅力的であります。こんな個性的な集団が育ったのも、「前座時代は一切個性を認めない」という落語界きっての厳しさで名を馳(は) せた、泣く子も黙る「立川流の前座期間」があったからに違いないと、私は確信しています。
それは、たとえて言うなら「内燃機関の構造」にも似ています。前座時代は個性という圧縮されたパワーを発するために必要なハードウェアなのかもしれません。
痩せている人ほどダイエットをしたがります。頭のいい人ほど勉強しています。お金持ちほど借金してます。世の中、すべて逆説的なのです。
会社をはじめとする組織に、いきなり前座のような身分制度などはもちろん似つかわしくはありませんし、ナンセンスですが、なにごとに対しても「一定の信頼関係醸成期間」を求める姿勢は、案外、実社会でも使えると思います。