もう真知子と春樹の『君の名は』は書けない
バブルを抱きしめて③
■「不便さは物語の母」
――便利がドキドキ感を奪うというのはよくわかります。街で買ってきたレコードに最初に針を落とすときのドキドキ感とか、写真屋で彼女と行った旅行先で撮った写真を受け取るときのドキドキ感とか、そういうのがなくなりましたよね。夜中にポストまで出しに行ったラブレターの返事を待ってるときなんかもそうですよね。
島村 それを私は「不便さは物語の母」と呼んでいるわけですよ。
――そう。それ書かれてましたね。そのフレーズにもグッと来ました。
島村 物理的に男女のすれ違いがないわけですから。いまの時代、もう真知子と春樹の『君の名は』は書けないでしょう。
――『君の名は。』じゃないほうですね。アニメの。
島村 あれもどうかと思うけど。テンマルつけたら別物でしょというね。『人間・失格』かと思いました。
――絶対出るんじゃないかと思ってたらやっぱり『君の縄。』というAVも出ましたね。こっちは「前前前世」じゃなくて「前前前戯」なんですけど、そういう話題のものはなんでも利用してやろうというエロ業界の人たちのセンスっていうのは安易といえば安易なんだけど昭和の頃からずっと変わってなくていいなと思うんですけど。
島村 いまの安易ということでいえば、平成になってから情報というものがものすごく簡単に手に入るようになりましたよね。それが私はつまらないと思う。
例えば人が何人か集まって話をしていると、必ず「ほらほら、あれ何だっけ」とか「誰だっけ」という話になりますよね。みんな頭の中にボンヤリとイメージはあるんだけど、それがなかなか出てこない。それをみんなが記憶を補足しあって正解にたどり着くのが面白いんだけど、いま、オッサンオバサンがそれをやっていると、横でそれを聞いてた若い人がスマホでチャチャッと調べて正解を言ったりするでしょ。あれで興ざめするんですよ。あるいは、みんなが頭をひねって悩んでいるところで、ズバッと正解を言って自分の博識、博学ぶりを披露する機会がどんどん失われていってるわけですよ。
――一生懸命本を読んだり人の話を聞いたりして、いろんな知識を身につけようとするモチベーションをスマホが奪っていくということですね。かつてテレビの台頭で日本人は全員馬鹿になるといった人がいましたけど。
島村 大宅壮一の「一億総白痴化」でしょ。
――さすが博識ですね。
島村 馬鹿にしてます?
――滅相もないです。
島村 まあ、スマホの影響力はテレビの比ではないということは確かでしょうね。間違いなく人間は馬鹿になっていくと思いますよ。スマホと言っても、スマートになっていくのはけっきょく電話だけという話ですよ。
――さすがですね。
島村 馬鹿にしてます?