天皇の実在性と没年齢の話は別の問題である
天照大御神が卑弥呼であると言える理由 第3回
日本神話の最高神とされる天照大御神。吉野ヶ里遺跡などのデータを科学的な方法で分析、整理すると「天照大御神=卑弥呼」説が浮かびあってくる――!?その根拠を徹底検証する第3回。
『記・紀』の古代天皇の享年を
比較するとわかること
「『記・紀』に記された古代天皇の享年」の表をみると、次のようなことに気がつく。
①『古事記』は、第21代雄略(ゆうりゃく)天皇のように、いろいろな根拠からあきらかに実在するとみられる天皇の没年齢も、124歳と非現実的に記している。つまり、天皇が実在したかどうかという議論と、没年齢が信じられるかという議論とは、分けて考えたほうが良いようにみえる。
②左の天皇の享年の表をみると、200歳をこえる天皇は、一人もいない。また、第21代雄略天皇以前においては、40歳以下で亡くなっている天皇もいない。もし、まったくの神話であったり、語り伝えているうちに長くなったり、後世になって作られたりしたものであるならば、200歳はおろか、300歳、500歳などのお年が出てきてもよさそうに思える。たとえば、『旧約聖書』の「創世記」などでは、アダムは930歳、アダムの子セツは912歳、セツの子エノスは905歳まで生きている。
③第21代雄略天皇が亡くなったお年を、『古事記』は、124歳とし、『日本書紀』は、62 歳とする。ちょうど、倍と半分の関係になっている。
ところで、『古事記』などに記されている天皇のお年については、いろいろな説が出されている。
たとえば、戦中戦後を通じて活躍した民俗学者の岡正雄や東洋史学者の江上波夫(えがみなみお)は、天皇の享年などが長い原因を、「かつては、半年を1年に数えたためではなかろうか」と述べている。春の正月と、秋の正月と、1年を二つにわけて考える民族も存在するという説もある。
《天照大御神が卑弥呼であると言える理由 第4回へつづく》