30年前の受験票がつなぐ、冬の記憶と母の優しい手
【隔週木曜日更新】連載「母への詫び状」第三十二回
■偶然出てきたダッフルコート
両親の介護をするようになってからの雪の思い出をひとつ綴りたい。
30年ぶりに実家で暮らし始めた、最初の冬のこと。外の雪景色になつかしさを感じながら、厚手のコートを探すべく、衣装棚を開けてみた。
すると、ぼくが高校生の頃に着ていたキャメル色のダッフルコートを見つけた。なんと30年もの間、ハンガーに掛けられた状態で誰も袖を通すこともなく、ずっと放置されていたらしい。
おお! こ、こんなコートがまだ存在していたのか!
すぐに引っ張り出して袖を通し、鏡に映してみる。サイズは変化なし。そしてポケットに手を突っ込むと、何かが入っているのに気付いた。
取り出してみると、それは18歳の時の大学受験の受験票だった。高校3年の冬の受験票が、ダッフルコートのポケットに眠ったまま、実家の衣装棚の中で長い年月を過ごしていたのである。
よく小学校や中学校の行事で、学校のグラウンドにタイムカプセルを埋めてウン十年後に開けましょうという企画があるが、あれの実家版みたいなものだろうか。親は子供が巣立っても、子供の部屋や持ち物をそのまま残しておく習性があるから、その空間だけがタイムカプセルのように、時の流れと関係なしに当時のままの状態を保っている。
ダッフルコートのポケットから出てきたその受験票は、18歳の冬の記憶をたちまち呼び起こした。