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30年前の受験票がつなぐ、冬の記憶と母の優しい手

【隔週木曜日更新】連載「母への詫び状」第三十二回

■受験の時、手を握ってくれた母。今度はぼくが…

 東京の大学を複数受験するため、1週間ほど東京のホテルにひとりで滞在して過ごしたこと。それを心配した母が、家から送り出す時に珍しく玄関の外まで出てきて、ぼくの手を握りながら「気をつけてね」と、本当に心配そうな表情をしたこと。その時に雪が降っていたこと。

 たぶん、受験票を見つけなかったら、よみがえるきっかけのない記憶だったと思う。物を通じて、人の記憶の回路は突然開く。

 いつもとちょっとだけ違う母の様子は、当時、息子の大学受験がうまくいくかどうかを気にかけていたせいだと思っていた。

 

 でも今になれば、あれは受験どうこうより、社会適応力の低い息子がひとりで1週間も東京のホテルで生活できるのかどうかを、心配していた顔だったのだろうとわかる。

 雪の中で母に手を握られ、東京へ送り出されてから30年。たいした人生経験も積まないまま、ぼくはまたこの雪の町へと戻ってきた。

 病のせいで助けが必要になった母の手を、今度はぼくが握ってあげる番だ。握り返してあげなくてはならない。

 外の雪景色と、ポケットから出てきた受験票をながめながら、そんなささやかな誓いを立てた日だった。

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夕暮 二郎

ゆうぐれ じろう

昭和37年生まれ。花火で有名な新潟県長岡市に育つ。フリーの編集者兼ライターとして活動し、両親の病気を受けて帰郷。6年間の介護生活を経験する。



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