読点どう打つか問題に決着!「名詞が副詞的に使われる時、その後にテンを入れよ」プロ評論家がアドバイス【呉智英】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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読点どう打つか問題に決着!「名詞が副詞的に使われる時、その後にテンを入れよ」プロ評論家がアドバイス【呉智英】

「日本語ブーム」の今、見落とされてはいけない「日本語の真実」


「テン」一つで、またそれを打つ場所一つで日本語の意味は大きく変わるが、私たちが学校教育でそれを教わる機会は少ない。多くの著作を持つ、プロの評論家が『言葉の煎じ薬』(著:呉智英)で“読点どう打つか問題”に答えを出している。


■「本日開店十時」は「本日、開店十時」

 私が中学生だった頃まで国語の授業で教師がよく口にした冗談がある。テン(読点)の重要性を教えるものだ。田舎から東京の大学に遊学中の学生が実家に電報を打つ。「カネオクレタノム」。金送れ、頼む、という意味だ。しかし、実家の親は、カネオクレタ(送金が遅れた)、ノム(やけ酒を飲む)と誤解し、情けない息子だと怒った、という話である。

 もちろん、テンの打ち方で文の意味が変わることを言いたいがための作り話だろう。送金が遅れたのにやけ酒を飲むことができるというのも変だし、わざわざ電報を打ってやけ酒を知らせる学生がいるとも思えない。

 似ているようで、しかし現実によく目にする文もある。こちらは昔何かの文章読本に書いてあるのを見た記憶がある。

 パチンコ屋は、新装開店から数日間は玉をよく出す。客を惹きつけるためだ。それから徐々に玉の出を悪くし、利益を回収する。店と客のかけひきである。ところが、さすが商売人、店は客の錯覚を利用する。「本日開店十時」の貼り紙が店頭に出る。これは「本日開店、十時」ではなく「本日、開店十時」の意味なのだ。もちろん、昨今こんな策略に引っかかる客がいるとも思えないが、あいかわらずこの種の貼り紙はよく見る。

 しかし、同種のレトリックに惑わされる人はいる。

「週刊文春」の書評ページ『文春図書館』は、読書人以外にも愛読している人が多い。本の紹介あり、著者インタビューあり、リレー式の読書日記あり、読み物としても面白く構成されている。2005929日号の読書日記は、立花隆が担当している。そこに、こんな記述がある。

「東京堂書店の二階の書棚は、普通の書店にはない個性的な品揃えになっていて目にとまったのが、名古屋大学出版会の本がならべられたコーナー。ン万円クラスの立派な本がズラリとならんでいるのに、ビックリした。いずれも碩学のライフワークといっていい大仕事の成果で、名古屋大学はこんなにすごい大学だったのかと正直驚いた」

 大学出版会(大学によっては、出版局、出版部などと言うこともある)は、確かに良書を出している。専門書以外にも、親しみやすい教養書を継続的に出版し、並の出版社より有意義な出版活動をしているところもある。特に、法政大学出版局、東京大学出版会は、読書家の間で人気が高い。むろん、法政大学、東京大学の教授の、重厚な研究書も出版している。図書目録をざっと一覧すると、法政大学、東京大学が「こんなにすごい大学だったのか」と改めて思うだろう。

 ところで、名古屋大学出版会の本を見て、「名古屋大学はこんなにすごい大学だったのか」と驚いた立花隆の反応は正しいのだろうか。いや、名古屋大学が駄目な大学だと言いたいのではない。仮にも旧帝大の一つ、名門大学である。駄目なはずはない。名古屋大学と名古屋大学出版会は関係あるのだろうか、ということである。

名詞が副詞的に使われる時、その後にテンを

 これは、「本日開店十時」と同じなのである。読者はつい「名古屋大学、出版会」と思ってしまう。しかし、この出版社は名古屋大学の付属機関ではなく、名古屋大学に直接的な関係はない。「名古屋、大学出版会」なのだ。大学生の教科書、大学教授の研究成果、こうしたものを名古屋地区の大学を中心に出版する財団法人、それで「名古屋大学出版会」。立花隆の言う通り、碩学のライフワークも出版しているのだから、問題はないのだけれど、それでもちょっと変な気がする。といって、出版社名の真ん中にテンを入れて表記するのも、これまた変なものではあるが。

 私はある大学で文章表現法の講義もしているが、名詞が副詞的に使われる時、その後にテンを入れた方がいいと教えている。特に、「普通」と「毎日」は要注意である。

・荻窪には普通電車で行く。

・満6歳で健康な子供は普通学校に通う。

「普通」の位置を変えるかテンを入れないと、文意が正確には伝わらない。

・毎日新聞を読む。

 これも同じである。毎日新聞の「毎日」は「日刊」の意味で、英米の新聞紙名によくあるdaily の訳語である。英語の場合、紙名は頭文字が大文字でDaily となるから、これで紙名であることがわかるようになっている。

〈『言葉の煎じ薬(著:呉智英)より抜粋

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呉智英

くれ ともふさ/ごちえい

評論家

評論家。一九四六年生まれ。愛知県出身。早稲田大法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。『封建主義 その論理と情熱』『読書家の新技術』『大衆食堂の人々』『現代マンガの全体像』『マンガ狂につける薬』『危険な思想家』『犬儒派だもの』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』『日本衆愚社会』『バカに唾をかけろ』など著書多数。加藤博子との共著『死と向き合う言葉』(小社刊)がある。「呉智英 言葉の診察室」シリーズ全四冊(①『言葉につける薬』、②『ロゴスの名はロゴス』、③『言葉の常備薬』、④『言葉の煎じ薬』)がベスト新書より【増補新版】で刊行。

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