半開きの唇に見るエロティック&美の考察
【第10回】美女ジャケはかく語りき 1950年代のアメリカを象徴するヴィーナスたち
■上唇は8mmで下唇は10mm。それを超えたらたらこ唇
この連載も年をまたいでついに第10回目。1回に7枚程度のジャケットを紹介しているので総計70枚くらいは美女ジャケを紹介していることになる。こんなことをしていると、拙著『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』(リットーミュージック)が売れなくなるのでは? という心配もあるのだが、書いていることはほぼ別なので、本のほうもぜひ、読んでみてください。
本ではおおよそ300枚のジャケットを紹介しているが、はっきり言ってジャケが駄作と思えるようなものはほとんど載せていない。
なにが駄作か? というと、個人的主観になるが「写真に芸がない」「フォントがダサい」というあたりが駄作判断の基準になる。
とくにモデルの顔の大写しというのは、あまり芸がないと思っている。しかし美女ジャケで最も多いはこれなのだ。ものすごく多い。
美女ジャケを集め始めた頃は、美女が写っていて1950~60年代のオリジナル盤であれば、なんでも買った。気がつくと美女大写しものがたくさん手元にある。でも、顔の大写しはモデルが好みであればOKだけれど、あまりピンとこない顔だとだんだん邪魔くさくなってくるのだ。
収集したレコードの数が増えれば増えるだけ、この「邪魔くさい」感も増すので、好みでない顔、写真が凡庸なものは、ずいぶんと処分してしまった。
不思議なもので手放してみると、ああ、あれ持ってなくても関係ないねぇ、みたいな気分になるものだ。レコ屋で見つけたときには、これは買っておかねばと意気込んだにもかかわらず。
そんな厳しい審美眼(?)にも耐えて手元に置かれた美女のなかで、大写しでも絵になっている一枚が「My Love For Jane」である。
いや、ただならぬ雰囲気。ゴージャスな宝飾品は〈ハリー・ウィンストン〉あたりだろうか? ポーズ、とくに手の仕草がなんともいえない均衡を保っていて、とても美しいと思う。だいたい背中にいく右手のようなポーズ、ふだん絶対にしないでしょう。
これは手練れのカメラマンによる指示だと思うが、モデルのほうも手練れなのだ。そう、タイトルに「ジェーン」とあるように、モデルはハリウッドスター、ジェーン・ラッセル。よく知られたところでは、『紳士は金髪がお好き』(1953年)で、マリリン・モンローと共演して、ほぼマリリンに食われてしまった人だ。
だが、ジェーン・ラッセルがその10年前、『ならず者』(1943年)でデビューしたときはセンセーションだった。藁の上で、大きな胸元も露わにカメラ目線のポーズをとるジェーンはあまりに挑発的で、ハリウッドの検閲でそのあたりかなりカットされた。現在、日本でソフト化されて観られるものも、オリジナルではなく検閲後のものだから残念だ。
そんなジェーンの個性的な表情のポイントとなっているのが、瞼を開ききらない微妙な目線と、真っ赤な口紅を塗って微妙に開いた唇だろう。まったく女の唇たるや!
かつてシュルレアリストのマン・レイが中空に浮かぶ唇を描いたように、サルバドール・ダリが女優メエ・ウェストの唇を真っ赤なソファにデザインしたように、あるいはダリが唇のカタチの香水瓶をデザインしたように(持ってます!)、まったく唇というものが誘発する想像力は無限だ。
ジェーン・ラッセルの口紅の塗り方は典型的に1950年代のもの。上唇をちょっと厚めに塗るのはマリリン・モンローも同様だ。なんとなく「たらこ唇」のように見えるしね。そんな風に美女ジャケを見ていくとジャッキー・グリーソンの「“Oooo! ”」は、ものすごい「たらこ唇」だ。
ジェーンは色っぽいが、グリースン作品のモデルは色っぽくない。美人度の問題もあるが、そもそもこの女性の表情は「うぅぅ~」とスキャットしているのを表しているのだ。
そう、このレコードは全編、「うぅぅ~」の女性ヴォイスが入って、スペース・エイジ・ミュージックの傑作。「夜もの」音楽を専門としてきたグリーソンが流行りの「宇宙もの」に進出した奇作でもある。
モヤッと霞がかかったような写真もスペース・エイジ感を出しているので、これはこれで美女とはちょっと違うものの、ジャケとしては傑作だし名盤として名高い。
そんなスペース・エイジ感覚の流行を意識した作品にノリー・パラマーの「THE ZODIAC SUITE」がある。タイトルからして「宇宙もの」だ。こちらのモデルは完璧な美人。流し目も、目のそばの付けぼくろもセクシーだが、美人らしさは、その唇によく出ていると思う。上唇がちょっと薄めなのだ。
美人に見える基準は、この上唇と下唇の厚さの対比にあって、正統派美人に「たらこ唇」はいない。上唇は8mm、下唇は10mmというのが平均的な数値だという。それよりちょっと上唇が薄いとクールな美人になって、もっと厚いと「たらこ唇」と呼ばれるらしい。上下を足して25mmを超えると典型的な「たらこ唇」になるとか。
美は数値化できないものだけれど、数値化して、美の根源を探ろうとするのは面白いよね。いずれにしても「たらこ唇」は、どちらかというと可愛らしさや、ちょっと大衆的な色っぽさを感じさせるが典型的な美人顔にはならないようなのだ。
映画女優をみれば、マレーネ・ディートリッヒ、グレタ・ガルボからヴィヴィアン・リーまで、古典的美人女優はみな上唇は薄め。そんな美人唇の基準が変化したのは、やはりマリリン・モンローからだったように思う。筆者は古典的なクール・ビューティが好きなので、マリリンは可愛いとは思うが、あまり美人と思ったことはない。
で、「THE ZODIAC SUITE」の美女はまったくのクール・ビューティなのだが、それでも色っぽいのは、ちょっとだけ開いた唇にある。これがまったく閉じていたとしたら。
じつはここは重要なポイントで、昭和30年代末~40年代に流行った和物ヌードジャケの外国人女性モデルの唇は、閉じたままで表情が希薄なものが多い。だからあまり和物には興味がいかないのかもしれない。カメラマンにたいした技量もなかったから、モデルのちょっとした唇の開け具合までは、指示できていなかったのだろう。
もちろん最も洗練された1950年代の米盤ジャケでも、唇に表情がないものはたくさんあるが、美女ジャケとしてずっと人気を保ってきたものは、やはり唇に表情がある写真なのだ。
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