【一億総イジメ】握る・潰す・すり替え叩く権力と共犯のメディアと視聴者の欲望サイクル《岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉘》
命を守る講義㉘「新型コロナウイルスの真実」
なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
この問いを身をもって示してくれたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るための成果を出すために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる問題として私たちの「決断」の教訓となるべきお話しである。
■欲望に忠実なメディア
話を戻します。誰の差し金かは分かりませんが、とにかくぼくはダイヤモンド・プリンセスに入ってから、2時間で追い出されてしまいました。
先ほども書きましたが、ぼくが船内に入ったのはもともと、あれだけダイヤモンド・プリンセスの状況が世界から注目されているにもかかわらず、船内の情報が外に出てこないことがとても不安だったからです。
だからこそ、外に出されたぼくはすぐに、自分が見てきた船内の状況を伝えるために動画を撮り、YouTubeで公開したわけです。
その際にぼくは日本語だけでなく、英語でも動画を出しました。
その理由は、日本のメディアは動画の存在を握り潰しかねないと思ったからです。なぜなら日本のメディアは、事実よりも欲望に忠実だからです。
テレビのワイドショーとかでは、「なんでPCRやらないんだ」みたいな議論を延々とやってましたよね。「ただPCRをやればやるほどいい、というのは間違いだ」と識者はみんな言ってるのに、そこは議論をせず、「政府はもっともっとPCRをやればいい」というノリだけをどんどん推していく。あれもやっぱり、事実ではなくて視聴者が見たい内容に忠実だからです。
つまり日本のメディアは、視聴者が見たいコンテンツ、読者が読みたいコンテンツを提供することこそが自分たちの使命だと思っている。「不快だけど、これが事実なんです」というものを示すよりも、「そうそう、こういうのが見たかったんだよ」というニーズに応えようとしているんです。
「日本はちゃんとやってるんだ」という物語に浸りたい欲望を持っている人にとっては、ぼくが見てきた話は不都合ですから、握り潰すか、矮小化する。
その中でよくあったのが、官僚的な東大話法で論点をずらして、「あいつの言ってることは正しいかもしれないけど、態度が悪かった」とか「みんなの和を乱した」みたいな別の話に持っていって叩かれるという現象です。
ぼくは自分が発信した内容がなかったことにされるのが怖くて、英語でも発信したわけですけど、案の定、日本では「あいつの言い方が気に入らない」とかの議論ばっかりが起きて、肝心の内容が矮小化されてしまった。
「あいつの言い方が気に入らない」なんて、そんなの「あいつのかぶってる帽子が気に入らない」って言ってるのと一緒じゃないですか。全然関係ない話にすり替えて、そこを叩く。テクニックとしては面白いのかもしれないけれど、まったく実りはない。
こういう実りのない議論が国内のマスメディアで、あるいは日本のソーシャルメディアでも起こりましたが、海外からはそんなことはひと言も言われませんでした。
ヨーロッパやアメリカでは「言ってることは正しいけど、態度が悪かった」みたいな議論にはまずならない。「それは、要するに正しかったってことですね」だけでおしまいです。
英語圏の人だけでなく、フランス、イスラエル、中国、韓国など、いろんな国のメディアが取材に来ましたけど、「あなたの言い方が悪かったんじゃないですかね」みたいな言われ方をするのは日本だけでしたね。
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