【難病・魚鱗癬】我が子の生の奇跡を忘れていた若き母「変わらなきゃならないのは私、息子が生きられる環境に変えるのも私」
難病を持つ我が子を愛する苦悩と歓び(34)
難病「道化師様魚鱗癬」を患う我が子と若き母の悲しみと苦しみ。「ピエロ」と呼ばれる息子の過酷な病気の事実を出産したばかりの母は、どのように向き合ったのか。『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』の著作を綴った「ピエロの母」が医師から病名を宣告された日、母は我が子の「運命」を感謝しながら「これからの親子の人生を豊かなものにしよう」と新たなる決意をした。
今回は、我が子の不遇を他者からの声で突きつけられた若き母。その声にショックを受け、引きこもる若き母、優しいご主人の声から、息子の「生」の奇跡に改めて気づき、「変わるべきは私なんだ!」と前を向く若き母の決意です。
■目の前にあるもの
自分の中に溜め込んでいた、苦しい想いを全て吐き出し、泣いて、叫んで、少しスッキリして、肩の力が抜けた私は、これからの自分のすべきことは何か、
陽のため、そして私たち家族のために、今の私にできることは何か。
陽の寝顔を見ながら、考える日々が続いた。
そんなとき、ふと、あるご家族のことを思い出した。
幸せそうだなぁ、と眩しく輝いて見えた、見ず知らずのご家族のことを。
どうしてあの時の女の子とお母さんたちは、眩しいほどの笑顔であふれていたの?
答えはすぐに出た。
私は目の前にある尊い幸せを、見失っていたから。
陽(我が子)が生きているという奇跡を、もう当たり前だと思いかけていたから。
愛しい息子が目の前に居てくれる。それの何が不満か?
もしかしたら、こうして抱くことすら、できなかったのかもしれない。
それならば、この奇跡に感謝して、息子を幸せにしたい。
笑顔で過ごしていきたい。
どれだけ頑張ったとしても、
「あぁ幸せ、この身体で産まれて良かった」って、思ってもらうことは無理だろう。
しかし、どんな状況の中でも、幸せを、楽しみを見つけることはできるはず。
「楽しい」と感じられることを見つけることは、不可能ではないはず。
全てが【はず】
今はまだ【できる!】
【不可能ではない!】と、完璧に言えるほどの自信はない。
でも、やるしかない。私は今まで、陽の守り方を間違っていたんだ。
病院の待合い室で、陽を抱き締めて、下を向いてじっとしている私は、
まるで自分だけが悲劇のヒロインだと勘違いしていた。
ただ、じっとして時が過ぎるように、自分を、私だけを守っていただけだった。
またジロジロと見られる。何か言われる。
ここに来てはいけないのかな、と自分で勝手に決め付けていた。
あまり知られていない症状の子どもを抱き締めて、下を向いている母親を病院で見かけたら、
なんだろう? 大丈夫? 子どもにうつるかも?
何も知らなければ、そう思うのも当然のこと。
少なからず、その場にいた大切なお子さんと来ているお母さんに、
不安な気持ちを与えてしまっていた。
自分のことしか、考えていなかった。
だとすれば、これからはどうしていけばいいのか。いろんなことを考えて、
考えて、考えて、少しずつ行動にしていった。それが正解なのかはわからない。
しかし、ほんのちょっと行動を変えていくだけでも、
明らかに私たちの環境に変化をもたらしたのだった。
【参考資料】
本書をもとにCBCテレビ『チャント』にて「ピエロと呼ばれた息子」 追跡X~道化師様魚鱗癬との闘い(6月26日17時25分より)が放送されました。
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【参考文献】
『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』(アメーバブログ)
産まれてすぐピエロと呼ばれた息子(書籍)
ピエロの母
本書で届けるのは「道化師様魚鱗癬(どうけしようぎょりんせん)」という、
50~100万人に1人の難病に立ち向かう、
親と子のありえないような本当の話です。
「少しでも多くの方に、この難病を知っていただきたい」
このような気持ちから母親は、
息子の陽(よう)君が生後6カ月の頃から慣れないブログを始め、
彼が2歳になった今、ブログの内容を一冊にまとめました。
陽君を実際に担当した主治医の証言や、
皮膚科の専門医による「魚鱗癬」についての解説も収録されています。
また出版にあたって、推薦文を乙武洋匡氏など、
障害を持つ方の著名人に執筆してもらいました。
障害の子供を持つ多くのご両親を励ます愛情の詰まった1冊です。
涙を誘う文体が感動を誘います。
ぜひ読んでください。