世界最大の大艦巨砲が大海原へ~国家財政10% 「大和」「武蔵」の進水~
戦艦大和 リアル「アルキメデス」の証言 戦艦「大和」いまだ沈まず
◇ヤマトブジシンスイス(「大和」無事進水す)
こうして人目を憚りながら、2歳にわたる陣痛を続けたあげく、ついに待ちに待った瞬間がやってきた。
第一号艦大和の進水式である。
昭和15(1940)年8月のある日、日も暮れなんとする頃、艦政本部に電報が届いた。
「ヤマトブジシンスイス」
これこそ、私たちがまるで息子の入学試験の合格通知を受ける時のような、期待と不安とで待ち望んでいたものである。なるほど計算の上では絶対合格の自信がある。しかし呉のドックは一杯いっぱいで、重心が一分でも狂っていると底がつかえて船が引出せなくなるのだ。万一そういうことにでもなったら、という気持があったのは否めない。それが、とにもかくにも進水したという、電報を受け取った時の私の気持を思ってもみて頂きたい。
後刻聞いたところによると、大和の進水が始まってからすっかり船体が海に出てしまうまで、軍楽隊が「軍艦マーチ」を7回も繰返し吹奏しなくてはならなかったそうだ。
船体だけでも3万トン以上もある巨体が、静々と海に乗り出して呉湾に一つの島をなしてゆく、その壮観が彷彿出来るではないか。
大和進水より約3月遅れて、2番艦「武蔵」の進水式があった。この方は船台から船がすべってゆく方式なので、大和の場合よりも技術上問題の起きる可能性がある。船台からの進水の失敗例は案外に多い。ただ我々がひそかに自信の拠り所となし、勇気づけられていたのは、数年前、英国の造船技術者たちによって見事に成功をみた「クイン・メリー号」の進水である。進水時の重量は「クイン・メリー」が3万7000トン、「武蔵」が3万5000トン。
英国で出来たことが日本で出来ないわけはない、といったところだ。
しかし、日本自身は、「ワシントン条約」によって廃棄された「土佐」の2万4000トンの前例しか持ち合せていないのである。こればかりはやれるだけやってみよう、ではすまされない。船が進水途中で頓挫して死傷者を続出させでもしようものなら、大変だ。しかも進水のやり直しは利かないのである。
そのために、関係者は長い間、非常な研究、調査を行った。その結果の進水式である。その前から、私も平賀博士に同行して長崎造船所におもむき、我々の研究成果の試される瞬間を待った。
約700人の工員たちの、夜を徹して船体を進水台に移動させる突貫作業が終ったのが式の40分前。「武蔵」は今や支綱を切りさえすれば、産声をあげるのである。
◇平賀譲博士と堅い握手(「武蔵」無事進水す)
海軍に奉職して30年。これまで幾多の進水式を見てきている。にもかかわらず、改めて身内が引きしまる思いだ。やがて、荘重に「君が代」が奏せられ、式台御名代の伏見宮軍令部総長をお迎えすると、海軍大臣の命名式である。
「……武蔵と命名せらる」
それから一時、何か重大な事が始まる前のあの静寂があたりを支配したが、やがて支綱切断の、槌を打つ音がして、私の目の前がパッと白くなった。祝福の鳩が飛び立ったのである。
見ると、武蔵の巨体は間違いなく、動き出しているではないか。
それも、鷹揚な振舞いがその場の雰囲気を壮重にする所以であることを知りつくしているかのように心憎いぐらい静々と、である。艦尾が水に浸かる瞬間、しわぶきのような音がして、さざ波が立った。いうまでもなく、武蔵もまたとどこおりなく進水した証拠だった。我々の研究は報いられたのである。
「おめでとうございます」
「おめでとう」
平賀博士と私とは、堅い握手を交わして、喜びを分かったのだった。
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『戦艦大和建造秘録 【完全復刻改訂版】』
原 勝洋 (著)
世界に誇るべき日本の最高傑作
戦艦「大和」の全貌が「設計図」から「轟沈」まで今、ここによみがえる! 「米国国立公文書館II」より入手した青焼き軍極秘文書、圧巻の350ページ! さらに1945年4月7日「沖縄特攻」戦闘時[未公開]写真収録!
2020年「大和」轟沈75周年記念。昭和の帝国海軍アルキメデスたちが見落とした想定外の[欠陥]を、令和を生きる読者自身の目で確かめよ! 物言わぬ図面とのみ取り組む技術者にも青春はある。
私の青春は、太平洋戦争の末期に、戦艦「大和」「武蔵」がその持てる力を発揮しないで、永遠に海の藻屑と消え去った時に、失われた。なぜなら、大和、武蔵こそ、私の生涯を賭した作品だったのである。(「大和」型戦艦の基本計画者・海軍技術中将 福田啓)
なぜ、時代の趨勢を読めずに戦艦「大和」は作られたのか?
なぜ、「大和」は活躍できなかったのか?
なぜ、「大和」は航空戦力を前に「無用の長物」扱いされたのか?
「大和」の魅力にとりつかれ、人生の大半を「大和」調査に費やした。編著者の原 勝洋氏が新たなデータを駆使し、こうした通俗的な「常識」で戦艦「大和」をとらえる思考パターンの「罠」から解き放つ。
それでも「大和」は世界一の巨大戦艦だった
その理由を「沖縄特攻」、米軍航空機の戦闘開始から轟沈までの「壮絶な2時間(12: 23〜14: 23)」の資料を新たに再検証。雷撃の箇所、数を新たなる「事実」として記載した。
「大和にかかわるのは止めろ、取り憑かれるぞ」
本書は、若かりし頃にそう言われた編著者が「人生をすり潰しながら」描いた戦艦「大和」の実像である。