難病を持って我が子が産まれた瞬間、「ごめんね!」と謝る妻、「神も仏もない!!」と悲嘆する夫
難病を持つ我が子を愛する苦悩と歓び(2)
◆◆◆「なぜだ!」産まれた息子の姿が「ない!!」◆◆◆
出産当日。私(ピエロの父)は妻(ピエロの母)が入院する病院へ電車で向かっていた。仕事の都合で遠方からの駆けつけとなり、道中不安と期待で一杯だった。
帝王切開による出産。手術は私が到着してから行われることになっている。医師から事前に聞いていた話では、早産で集中治療室に入るが、エコーを見る限り、適切な処置をすれば大きな心配はいらない、とのこと。
妻は緊張してるだろうな。早く息子(陽くん)に会いたい。無事に産まれてきてほしい。色々考えているうちに病院へ到着。
妻の母と合流し、手術前の妻にエールを送った後、私たちは待合室で待機となった。
妻は元気に笑っていたが明らかに緊張していた。でも事前の検診は問題無し。何とかなるだろう。少し安心していた。しばらくして、医師から産まれたとの報告を受けた。
部屋へ通されたが、息子の姿は無い。この先の部屋にいるらしい。
でも何だか雰囲気がおかしい。「今から案内します」とのことだが、待つ時間が妙に長い。
何かあったのか……。不安になってくる。
何分か経ち、ようやくご対面となったが、医師から前置きがあった。
「今から赤ちゃんを見ていただきます。ただ、驚かれると思いますが……」
あ。何か深刻な状態なのかな。そう思っていると、医師が準備ができました」という。息子のいる部屋に入った。
「……」
言葉が出てこなかった。
◆◆◆「神も仏もない!!」◆◆◆
外見が説明し切れないほど凄惨な状態。
白い鎧のような皮膚の上に無数の傷、切れ目がある。顔も普通ではない。
そして、まったく動かない。
泣き声すら聞こえない。
生きているのか?……分からない。
息子もそうだが、何より妻のことが心配だった。
この子の姿を見て、平気でいられる訳がない。
部屋を出て、妻と面会したが、麻酔と疲れで意識が朦朧としており、会話する元気もあまりなさそうだった。
私は「頑張ったな……、お疲れ様」としか言えなかった。
次の日、息子の姿を見た妻はずっと泣いていた。
その次の日も。ずっと。
息子のあまりにも痛々しい姿に「ごめんね」と何度も謝る妻。
飛び出した真っ赤な目、歪な形の指。ズタズタの身体。
当初、息子を見た妻は「怖い」と口にしたことがあった。
母親として「愛おしい」という感情を、真っ先に持てなかった自分を何度も責めていた。こんな悲しいことはない。
周りでよく耳にする言葉、「健康に産まれてきてくれたら何も望まないよ」
私たちもそう言っていた。それすらも叶わないのか。産まれる前、あちこちお寺に行き、安産祈願のお参りも行った。
「この子が健康に産まれますように」
「あたしは、今までそれしか祈ってこなかった」
「この子のことだけ考えてたのに……」
神も仏もない。
当時はそう思った。
私自身、ショックで混乱していたが、やはり父親と母親の思いは違う。
私以上に妻は苦しい。何より息子のことが心配だが、我々では現状、どうすることもできず、今は医師に任せるしかない。
私は、何とか妻を元気付けようと決心した。
(『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』より)
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産まれてすぐピエロと呼ばれた息子
ピエロの母
本書で届けるのは「道化師様魚鱗癬(どうけしようぎょりんせん)」という、
50~100万人に1人の難病に立ち向かう、
親と子のありえないような本当の話です。
「少しでも多くの方に、この難病を知っていただきたい」
このような気持ちから母親は、
息子の陽(よう)君が生後6カ月の頃から慣れないブログを始め、
彼が2歳になった今、ブログの内容を一冊にまとめました。
陽君を実際に担当した主治医の証言や、
皮膚科の専門医による「魚鱗癬」についての解説も収録されています。
また出版にあたって、推薦文を乙武洋匡氏など、
障害を持つ方の著名人に執筆してもらいました。
障害の子供を持つ多くのご両親を励ます愛情の詰まった1冊です。
涙を誘う文体が感動を誘います。
ぜひ読んでください。