「大切な人の自死」を本にした意味。随想録『逝ってしまった君へ』の反響から見つけた、悲しみとの向き合い方【あさのますみ】
人生の谷間を照らす一つの方法——それは「孤独を打ち明ける」ということ
私はきっとこれから先も、人生の中で、いくつも別れを経験するだろう。
絶対に失いたくないと思うなにかを、失う日が来るだろう。どんなに注意深く生きたとしても、喪失や絶望を、完全に回避することなどできないだろう。
けれど、そういうときにきっと、私は今回のことを思い出す。
たくさんの人が、思いつめたまなざしで、辛い経験を話してくれたこと。その言葉の一つひとつが、暗闇からすくい上げたような切実な光を放っていたこと。自分のすぐ隣にいる人が、実は同じような痛みを感じていたこと。その痛みに共鳴して、私の目頭が熱くなったことも。
心の柔らかな部分を言葉にするのは、とても勇気がいる。時間もかかる。けれど思い切って伝えることで、案外なにかが変わるのかもしれない。手を伸ばしてノックをしたら、閉ざされたように見える目の前の扉は、開くのかもしれない。そして扉の向こうから、暗闇を照らす一筋の光が、差すことがあるかもしれない。
生きることは、別れや痛みとともにある。そんな私たちにとって、その光が唯一、ここから先の道を照らす灯になるのだと、今私は思っている。
文:あさのますみ
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SNS上で大反響のエッセイ、待望の書籍化
「note」での掲載が大反響を呼んだ壮絶なノンフィクション、待望の書籍化。
2019年1月。私は、古い友人のひとりを失った。
友人は突然、自らの意思で死を選んだのだ。
彼は私の大切な友人でもあり、私のはじめての恋人でもあった__
声優・浅野真澄が体験した、大切な人の「自死」。
大切な人を失って初めてわかる、大きな悲しみと日々の「気づき」。
遺書にあった自らに向けたメッセージ、告別式、初めての「遺品整理ハイ」…そして「君」を失った悲しみの中で見つけた一つの光。
『誤解を恐れずに言ってしまうけど、君を失って、私はひとつ、大きなものを得ました。それは、自分を自分のままでいいと思える強さです』
『たった一つのものさしで自分を測ることに、意味なんてない』
『君がそこにいてくれることが、すべてでした。君の存在そのもので、私はどこまでも満ち足りた気持ちになったのです』
あまりにも突然で悲しい出来事を経た「遺された人々」のその想いを、逝ってしまった「君」への手紙の形で綴ります。
日々悲しみの中にいるあなたにこそ読んでほしい、大切な人へ向けた祈りに満ちたノンフィクション随想録。