ただ悔しくて涙が止まらない! 難病「魚鱗癬」で苦しむ我が子の姿に「理想の成長」が叶わないと気づいた若き母の葛藤
難病を持つ我が子を愛する苦悩と歓び(14)
◆目線の先は「見慣れた天井」とにらめっこ
母に送ってもらい、久しぶりに家に帰る。「ただいまぁ」
もちろん夫は仕事に出ているため、誰も「おかえり」とは返してくれない。
破水して家を出るとき、まさかこんなことになるなんて、これっぽっちも思っていなかった。部屋でひとりになると、床に寝転がり、暫く天井とのにらめっこ。うちの天井ってこんな模様だったんだぁ。
病院の天井よりは好きな模様だなぁ〜、なんて思っていると、近くに住む私の祖父母が来訪。
ひ孫に会うのを楽しみにしてくれていた祖父母。
ごめんね。陽が産まれて3日目の朝、祖父は慣れないメールを送ってくれていた。
「おはよう。体調はどうですか。頑張りなさいよ。あなたの強い気持ちがパワーになって赤ちゃんに伝わり、頑張ってくれると思います。無事を祈っています」
この時はまだ強い気持ちもパワーも、私にはなかったけれど、このメールを読んで強くなりたいと思えた。
床に寝転んだままの私の顔の上に、祖母のシワシワの可愛い手とお皿、そして誘惑の甘い香り。起き上がって見てみると、お皿には少し固くなりかけた餅。でも大好きな砂糖醤油の餅。
「餅は母乳にいいんやて。あんた毎日母乳届けやなあかんのやろ! ほれ、餅食べ!! いつまでもウジウジしとったらあかん、メソメソしとたら陽ちゃんが可哀想や」
久しぶりの家で、疲労もあり寝転がっていただけで、暗い表情でもなく泣いてもいなかったが、祖母には私のウジウジメソメソな心が伝わっていたのかな。
祖父は「身体大丈夫か ? ちょっとゆっくり休みな」と身体を心配してくれた。
ありがとう。
ごめんね、ありがとう。
またひとりになると、先程と同じ場所で寝転び、今度は天井を見ながら泣いた。初めて陽の姿を見たときのこと、面会で見た陽の姿、お腹の帝王切開の跡を触り、さらに泣いた。
涙が耳の中に入り、少しこしょぐったい(註:くすぐったい)。
でも次から次へと流れ落ちる涙で、拭っても拭っても追い付かない。
ふと時計に目をやると、搾乳の時間。軽く顔を洗い、搾乳を始める。母乳の出る量が増えてきたため、搾乳器きを使用するようになると、搾乳がとても楽になった。
冷凍パックに搾乳した時間と量と名前の記入。
名前を記入し、眺めていると、また涙が流れる。
ダメだ、ひとりでいると、弱い自分の心が炸裂する。
そして夫の帰宅時間が近づく。
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KEYWORDS:
産まれてすぐピエロと呼ばれた息子
ピエロの母
本書で届けるのは「道化師様魚鱗癬(どうけしようぎょりんせん)」という、
50~100万人に1人の難病に立ち向かう、
親と子のありえないような本当の話です。
「少しでも多くの方に、この難病を知っていただきたい」
このような気持ちから母親は、
息子の陽(よう)君が生後6カ月の頃から慣れないブログを始め、
彼が2歳になった今、ブログの内容を一冊にまとめました。
陽君を実際に担当した主治医の証言や、
皮膚科の専門医による「魚鱗癬」についての解説も収録されています。
また出版にあたって、推薦文を乙武洋匡氏など、
障害を持つ方の著名人に執筆してもらいました。
障害の子供を持つ多くのご両親を励ます愛情の詰まった1冊です。
涙を誘う文体が感動を誘います。
ぜひ読んでください。