Scene.8 素敵な本によろしくと。
高円寺文庫センター物語⑧
「店長、フェアの件でお邪魔しました。」
詩の本の思潮社で営業の彼女、目がいいんだなぁ~詩の本の出版社には相応しい、澄んだ目をしている。
「こないだ話した、『思潮社お蔵出しフェア』社長に援護射撃電話しといたけど?!」
「社長の了解は貰って、リストを用意してきましたよ。」
「OK! 昔のままの表示金額で『現代詩手帖』を扱うのもファンとしては心苦しいけど、倉庫に眠らせておくよりはましだよな」
書泉時代から、出版社に立ち寄った際にくすぶっている多くの在庫を見てきた。文化的には勿体ないし、経営的には千円札を無駄に並べて死蔵していると歯がゆかった。
きちんと定期的に来てくれる思潮社は、好みからも応援したかった。素敵な本や雑誌は、なんらかの形でお客さんの眼に触れて貰わないと! デッドストック、まさに死蔵を目の当たりにした時にそう思った。
フェアを始めたら、売れる売れる!
在庫僅少でかつ貴重な『現代詩手帖』のバックナンバーなのに、額面通りの200円代で売るんだもんな・・・
棚からごっそり抜いて、レジに持って来るなり「ちょっと、置かせて下さい。買いますから、銀行に行ってお金を下ろしてきます」とお客さん。
依怙贔屓するさ、思潮社の詩集で20代のわが荒ぶる魂をどれほど鎮めてもらったか。そうでなければ、妙義山で白線になっていたかテルアビブで撃ち殺されていたかもな自分。
思潮社は、再販論議の際に念頭に置く版元だった。初版が三桁から始まる版元なんて、愛おしくてたまらない。
このフェアは、在庫が尽きはじめて書棚構成ができなくなるまで続け800冊以上をお客様方に提供することができた。
アタマの中には、THE BEATLESの「A Day In the Life」が流れる。
Scene.8 素敵な本によろしくと。
「わ! 突然だねぇ、内山さん。震災以降、初めてだよね?!」
「なかなか東京に来れなくて、立ち話で悪いんやけど夜はカラオケに行きましょう。」
「コーヒー入れるから、ちょっと待っていて」
「店長、あのコテコテの関西弁のおじちゃんは?」
「京阪神エルマガジンの営業さんでさ、夜はみんなでカラオケに行こうって」
エネルギーの塊をスーツに包んで、関西人がやって来た。書店労協の活動の中で知り合ったが、営業もしに来てくれるのは嬉しかった。
95年1月17日の阪神淡路大震災から、連絡もなくて心配していた。久しぶりの東京営業だそうで、彼の笑顔とコテコテの関西弁と圧倒されるパワーにこっちが元気を貰える。
「震災ではさ、なにも応援できなかったけど大丈夫だったの?」
「いやもぉ、こっちよりも神戸やってんで緊急物資を積んで自転車輸送の往復してたん」
「大阪から神戸まで自転車で?!」
「道は走れたし片道30キロ、3時間ほどやったかなぁ・・・・まずは水を運んだわ。
ジュンク堂三宮店やったかいなぁ、地下街店までは行かへんかったな。
東京は東京で、オウムの地下鉄サリンが大変だったとちゃうの?」
「こっちは、なんにもなかったけどなぁ」
「店長、ほら去年の忘年会!
誰かが安い焼肉屋があるって言うんで、焼肉忘年会したのね。そしたら後で、そこがオウムの焼肉屋だったって! えぇ~でしょ!」
「それ、ホントだったんかぁ?」
「確かにオウムの杉並道場あるけんが、よぉ高円寺駅前で象の玩具を頭に乗せて街宣活動をしよったばい・・・・」
「そそそ! 可愛い子ばっかいたよなぁ~」
「みなさん、ほな営業をさせて貰ってもいいですか?!」