「950ドル以下の万引きはお目こぼし」サンフランシスコ事情の背景【藤森かよこ】
弱者救済策? コロナ危機とBLM運動の不幸な派生現象? どうせ守れないなら無駄に厳罰化しない?
■被害額950ドル以下の犯罪の微罪化は支持された
この措置について、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)は、州の刑務所の過密状態を改善する方法として称賛した。ロサンゼルス・タイムズ(The Los Angeles Times)は「国家が刑事司法と投獄資源をよりスマートに利用するのを助けることができる良いタイムリーな措置」として支持した。1920年に設立されたアメリカで最も影響力のあるNGOの人権団体のアメリカ市民自由連合(American Civil Liberties Union, ACLU)は、この措置を支援するために350万ドルを寄付した。
アメリカのセレブの中にも、この法案を支持した人々がいた。アメリカのラッパーで、ソングライター兼起業家のショーン・コーリー・カーター (1969-)=ジェイ・Z(JAY-Z)はそのひとりだった。
1995年から99年までアメリカ下院議長(第50代)を務めた共和党選出の大物政治家ニュートン・リロイ・ギングリッチ(Newton Leroy Gingrich、1943-)も支持した。(2014 California Proposition 47 – Wikipedia)
とはいえ、軽犯罪(misdemeanor)でも犯罪は犯罪だ。だから起訴もされる。しかし刑務所に送られるということは減った。
■サンフランシスコの万引き犯への措置批判も多い
ただし、コメディアンのアダム・カローラ(Adam Carolla,1964-)のように、この件について、サンフランシスコ市当局を非難する人物もいる。
いわく、カリフォルニアのほとんどの地域では警察に連絡し警官が来て犯人を逮捕するが、サンフランシスコでは、出頭命令書(Citation)を発行するだけという事例が多いとか。
いわく、新型コロナウイルス感染拡大のあおりで、失業者が増えて以降は、万引きや窃盗が増えたが、市当局は「被害額950ドル程度の軽犯罪は逮捕するな」と警察に通達を出したとか。
いわく、サンフランシスコ市の地方検事(the district attorney)が犯罪者をどんどん釈放した(アメリカの地方検事とは、日本なら地方検察庁の長たる検事正であり公選制で任命される要職)。これが始まったのが、ジョージ・ガスコン(George Gascón,1954-)が検事時代(2011-2019)からであり、チェサ・ブーディン(Chesa Boudin,1980-)検事時代が2020年から始まったが、ブーディンはガスコン検事のやり方を踏襲した。そのために窃盗や車上荒らしや住居侵入件数が増加したとか。(ちなみに、現在の副大統領のカマラ・ハリス(Kamala Devi Harris, 1964-)の前職のひとつが、このサンフランシスコ市地方検事だった。)
サンフランシスコが酷い有様…住民投票で可決した法案で$950(日本円で約10万)以下の窃盗が微罪扱いになってる関係で窃盗天国に – Togetter
このアダム・カローラの発言が事実に立脚しているのかどうかは、私にはわからない。
私の知っていることは次のことだけだ。ブーディン検事は、2022年6月にサンフランシスコ市の住民からのリコール運動に晒されるらしい。もっと警察の予算を増やし、警官に権限を与えよとサンフランシスコの一部の市民たちは、ブーディン検事解任を求めている。リコールをアピールするTシャツは日本でもアマゾンから購入できる。
2020年5月25日にアメリカの中西部ミネソタ州で、黒人のジョージ・フロイド(George Floyd,1973-2020)が白人の警察官に9分以上にわたって首を膝で押さえつけられて死亡した。その後、これに反発するデモが各地で起きた。人種差別への抗議活動(Black Lives Matter,BLM)が全米に広がった。この事件を契機に、サンフランシスコ市当局は、警察の予算を削減した。だから、サンフランシスコは万引きや窃盗などの軽犯罪者の天国となったと述べるブロガーもいる。
確かな事実は、最高裁の指示で刑務所収監者を減らすために、軽犯罪として分類しても差し支えなかった程度の万引きや窃盗を適切(?)に軽犯罪としてみなし、犯人が更生しやすいように、いたずらに刑務所に収監させないという方針が有権者の過半数から支持され、法制化され、実行されたということである。
しかし、2020年のコロナ危機で経済状況が悪化し、失業者が増え、貧困層の生活防衛のための万引きや窃盗が増えた。そこに、BLM運動が起き、人種差別という批判を避けるために警官には言動に留意させるという市当局の方針が加わった。
これらの要素が重なって、今のところ、結果的にサンフランシスコに「検挙されない万引き」が活躍(?)する現象が起きているのだ。