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【宮台真司】なぜ自民党憲法草案は爆笑ものなのか。憲法学の大家・奥平康弘に学ぶ「憲法の本質」とは

「社会という荒野を生きる。」その真実と極意〈連載第6回〉

■憲法学は机上の空論なのか

 

 憲法学は、日本では陽が当たらないのです。刑法学とか民法学とかだと、法実務の世界があるでしょ? でも、憲法学にはないということで、日本では「机上の空論にいそしむ人たち」というイメージがあり、どんどんそうなってきた。まさに法文化の貧困です。

 それどころか、奥平先生の訃報を知った頭の弱い人たちが、2ちゃんとかで「祝!」とか書いている。奥平先生が亡くなったことについて「祝!」とか書いているわけ。まあ、これは憲法学が分かっていないという以前に〈感情の劣化〉ですがね。恥を知れ!

 そんな現状の「お笑い日本」だけれど、僕たち1950年代後半生まれの世代が若い頃は、奥平先生だけじゃなくて、敗戦を正面から受け止めて、戦後日本をどうしようかと考えた大先生たちが、本当に素晴らしい法学説を、眼前で展開しておられたのです。

 例えば、民法学の我妻榮先生。刑法学の団藤重光先生。それに奥平先生。我妻先生は世代的に無理だったけど、団藤先生や奥平先生は僕が実際に授業を聞く機会がありました。僕はそんな世代で、若い頃には「憲法学は机上の空論」みたいな話はありませんでした。

 法学だけじゃない。僕のお師匠の小室直樹先生や、小室直樹先生が師事された丸山眞男先生を含めて、1980年までに活躍しておられた大先生の方々には、どういう風に戦争を受け止めたのかについて、共通のフォーマットがあったと僕は感じています。

 日本の敗戦は、きっかけの一つにもなった東京大空襲[10万人死亡]や2回の原爆投下[21万人死亡、後遺症のぞく]を含めて、むろん悲劇です。「こうして悲劇を繰り返さないために必要なこと、それは近代を徹底的に学ぶことだ」。これが共通のフォーマットです。

 小室直樹先生は、天皇主義の極右で過激だったから、「今度戦争をしたときにはアメリカに絶対勝つ! そのためにはアメリカよりもアメリカを知れ!」と語っておられた。むろん岡倉天心からの弟子への訓示[アメリカ社交界でモテた天心は、アメリカ滞在中は羽織袴で通したが、弟子に対し「アメリカ人よりもアメリカを知ってからにせよ、さもないと土人扱いされるだけ」と述べた]のモジリですが、先生は真顔で僕におっしゃった。

 

■奥平憲法学の核心とは「表現の自由」

 

 奥平先生はそこまではおっしゃらないけれど、考え方のフォーマットとしては、愚昧さゆえに戦争に踏み出すことがないように「アメリカを知れ!」「近代を知れ!」「そのためには憲法を知れ!」、という風に問題を立てた愛国者だと、僕は考えます。

 そういう風に、敗戦を「近代についての学び」に結びつけて受けとめたスゴイ先輩たちの、共通する思考フォーマットを踏まえた上で、奥平先生が築き上げた憲法学とはどんなものだったのか、奥平先生に学ぶ「憲法学の本当の常識」をお話しします。

 まず、奥平先生を理解するための前提があります。法と道徳の関係です。近代憲法には「法と道徳の分離」といって、道徳については法で規定せず、市井の人々が互いに「あなたは道徳的に間違ってるよ」と言い合えばいい、という原則があります。

 なのに、道徳─性道徳が典型ですが─を法に書き込もうとする浅ましい輩だらけ。共著の『憲法対論』で分厚く議論したけど、浅ましさは、自分の思い通りに人を操縦したがる点にある。だったら法を頼らず自分で言え! そのための表現の自由だろ!

 法は道徳じゃない。法は、殺すな、盜むなとか、車は左側通行とか、それがないと社会生活が成り立たない最低限のプラットフォームと権能付与に関わる。人によって異なる道徳的な価値観を、法に書き込むなど、多様性を旨とする近代国家じゃありえねえぞ!

 それを踏まえて、奥平憲法学の核心「表現の自由」です。憲法で最も大切なのは、合衆国憲法で言えば、修正第1条「思想、表現、信仰の自由」。実際、大半の近代憲法は冒頭がこれ。奥平先生が「表現の自由」を専門にされたのは、まさに憲法の中核だからなのです。

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CONTENTS

はじめに◉「社会という荒野を生きる。」とは何か

第一章◉なぜ安倍政権の暴走は止まらないのか

    ——対米ケツ舐め路線と愚昧な歴史観

◉天皇皇后両陛下がパラオ訪問に際し、安倍総理に伝えたかったこと

◉安倍総理が語る「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の意味とは

◉戦後70年「安倍談話」に通じる中曽根元総理の無知蒙昧ぶりとは

◉盛り上がった安保法制反対デモと、議会制民主主義のゆくえ

◉安保法案の強行採決に見られる日本の民主主義の問題点とは

第二章◉脆弱になっていく国家・日本の構造とは

    ———感情が劣化したクソ保守とクソ左翼の大罪

◉なぜ三島由紀夫は愛国教育を徹底的に否定したのか

◉「沖縄本土復帰」の本当の常識と「沖縄基地問題」の本質とは

◉大震災後の復興過程で露わになった日本社会の「排除の構造」とは

◉除染土処理の「中間貯蔵施設」建設計画はすでに破綻している!? 

◉なぜ自民党はテレ朝・NHKの放送番組に突然介入してきたのか

◉憲法学の大家・奥平康弘先生から学んだ「憲法とは何か」について

◉広島・長崎原爆投下から70年と川内原発再稼働の偶然性とは

第三章◉空洞化する社会で人はどこへ行くのか

    ———中間集団の消失と承認欲求のゆくえ

◉ISILのような非合法テロ組織に、なぜ世界中から人が集まるのか

◉ドローン少年の逮捕とネット配信に夢中になる人たちの欲望とは

◉元少年Aの手記『絶歌』の出版はいったい何が問題なのか

◉地下鉄サリン事件から20年。1995年が暗示していたこととは

◉「お猿のシャーロット騒動」と日本のインチキ忖度社会とは

◉戦後日本を代表する思想家・鶴見俊輔氏が残したものとは何か

第四章◉「明日は我が身」の時代を生き残るために

    ———性愛、仕事、教育で何を守り、何を捨てるのか

◉なぜ日本では夫婦のセックスレスが増加し続けているのか

◉労働者を使い尽くすブラック企業はなぜなくならないのか

◉「仕事よりプライベート優先」の新入社員が増えたのはなぜか

◉「すべての女性が輝く社会づくり」は政府の暇つぶし政策なのか

◉ISILの処刑映像をあなたは子供に見せられますか

◉青山学院大学学園祭の「ヘビメタ禁止」騒動は何が問題だったのか

◉「ベビーカーでの電車内乗車」に、なぜ女性は男性より厳しい目を向けるのか

以上「目次」より

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宮台 真司

みやだい しんじ

社会学者

1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。公共政策プラットフォーム研究評議員。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。1995年からTBSラジオ『荒川強啓 デイ・キャッチ!』の金曜コメンテーターを務める。社会学的知見をもとに、ニュースや事件を読み解き、解説する内容が好評を得ている。主な著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社、ちくま文庫)、『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』(bluePrint)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』(共著、ジャパンマシニスト社)、『どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント』(二村ヒトシとの共著、KKベストセラーズ)、『社会という荒野を生きる。』(KKベストセラーズ)、『崩壊を加速させよ 「社会」が沈んで「世界」が浮上する』(bluePrint)、『大人のための「性教育」 (おそい・はやい・ひくい・たかい No.112) 』(共著、ジャパンマシニスト社)など著書多数。

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