安倍元首相殺害の原因を勝手に決めつけ、誇大妄想的な自説を展開することに大義名分はあるのか?【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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安倍元首相殺害の原因を勝手に決めつけ、誇大妄想的な自説を展開することに大義名分はあるのか?【仲正昌樹】

■安倍氏に対する誹謗中傷キャンペンをする人の品性

 

 まともに批判するつもりがあるなら、「安倍氏は凶悪な犯罪の犠牲者であり、容疑者の背景についての憶測から、亡くなられた人の人格を傷付けるような真似をすることは厳に慎むべきである。しかし、安倍氏の新自由主義的政策については様々な批判があり、彼の政策判断ミスで多くの人が苦しんできたとすれば、殺されたことによって、免罪されるわけではない」、くらいの言い方にとどめておくべきだ。安倍氏が“国のために死んだ英雄”扱いされるのが悔しいといったことで、あしざまに悪口を言ってしまうのは、お子様だ。“バランスを取る”つもりで、誹謗中傷キャンペンをしているとしたら、恐ろしく、傲慢だ。

 そもそも山上容疑者が、首相殺害に及んだ動機に、彼自身や家族の置かれた環境が“新自由主義政策”のおかげで悪化した、ということが入っていなければ、この点で安倍氏の自業自得を示唆するのは筋が通らない。相手が元首相であれ一般人であれ、殺人事件を起こして、自分の残りの人生を台無しにするくらい、彼が自暴自棄になっていたのは間違いなかろうが、容疑者の詳しい犯行の動機が伝えられていない内に、“新自由主義”と無理に結び付けようとするのは、不誠実だ。

 次に、安倍氏と統一教会がズブズブの関係にあり、母親のことで統一教会に恨みを抱いた容疑者が、安倍氏に怒りを向けるのは正当化できないとしても、十分理解できることであり、安倍氏自身にも責任がある、という“論”について考えてみよう。

 私が三十年前に統一教会を脱会したことについては、既に今度の事件と関連していくつかのメディアで報道され、詳細については、拙著『統一教会と私』(論創社)で結構詳しく述べたので、私自身の立場についての説明は省くことにする。

 拙著の中で既に述べたことだが、統一教会批判をしたがる左派系の人たちは、統一教会が主催・後援している反共的な政治活動に関わっている政治家、財界人、言論人などを、統一教会の信仰を持っているかのように言いたがる。それを本気で信じているとしたら、誇大妄想か、宗教について全く何も分かっていないかのいずれかだ。

 旧統一教会は、文鮮明という韓国人を再臨のメシアとして信奉する、韓国生まれの宗教団体である。当然、教義上、文教祖は霊界で、天皇より遥かに高いところに位置している。それどころか、天皇も、アダムとエバによって犯された原罪を背負っている罪人であり、再臨のメシアによって祝福を受け、新生しない限り、地獄に行くしかない哀れな存在である。そんな教義を右翼天皇主義者が受け入れるだろうか。クリスチャンにとっても、文教祖をイエスを超える存在と位置付ける教義は、異端を越えて、反キリストの許しがたい教えだろう。仏教徒など、他の宗教を信じる人にとっても、受け入れがたいはずである。

 自民党と統一教会はズブズブの関係だと言うが、どういう意味で「ズブズブ」なのか。こういう曖昧な言い方は、妄想を生みがちである。

 自民党など保守系の政治家の一部が、統一教会に好意的だったのは、もっぱら対共産主義で大同団結していたからだ。単に一緒に反共活動するだけでなく、選挙など人手が必要な際に、勝共連合・統一教会の力を借りていた議員は少なくない――勝共連合は、統一教会が中心になって創設された政治団体で、事務局員のほとんどは統一教会の信者だが、一般会員は統一教会の教義とは関係のない保守系の人たちである。

 自民党を支持する宗教団体はいくつかあり、それらは統一教会よりも遥かに信者数が多いが、大きい教団であればあるほど、自民党の言いなりになってくれないだろう。統一教会の信者数は多く見積もっても十万人程度で、さほど票数にはならないが、長期間にわたって献身的に働いてくれる若い信者を貸してくれるので、使い勝手はよかったのだろう。特に、清和会(安倍派)や旧中曽根派などのタカ派が多い派閥は、後援会に対する反共啓蒙活動に熱心に取り組む若者を注文通りに派遣してくれる統一教会は、ありがたかったろう。そのため、お付き合いで、統一教会の教義に関する講義を聴講する議員もごく少数いたようである。その逆に、中選挙区時代に清和会とライバル関係にあった、宏池会などハト派の議員には、反統一教会的なスタンスを取る人が多かったようである。

次のページ統一教会と安倍氏はじめ自民党議員との関係とは

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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