なぜシリコンバレーに人が集まるのか?【中野剛志×適菜収×小池淳司〈第4回〉】
神戸大学工学部100周年記念学内シンポジウム鼎談《第4回》【中野剛志×適菜収×小池淳司(神戸大学工学部長)】
■工学の力がない国は、これから生き残れない
小池:適菜さんのおっしゃることは重要で「結果よければすべていいでしょ」という人が増えてきて、手続きの正当性や議論、熟議・熟考といったものを効率が悪いものとしてしまう。それで制度を無理矢理解釈してしまう。政治の世界でも大学内でもそうです。感情で物事を決めたりが横行しています。
しかし、これは今に始まったことでもないかもしてません。オルテガ・イ・ガセットの『大学の使命』をたまに読むのですが同じようなことが書いてあります。何百年も同じことをやってきたのですね、それも大学内で。ここで抵抗しないとこのまま押し切られてしまう。適菜さんが言うようにやっぱり大学は抵抗しなきゃいけない。議論は正当に行われないとなかなか変わっていかない。それが大学の危機の一つだし社会全体の危機に通じますね。
適菜:だから効率とかコスパとかいう奴を徹底的に罵倒しなきゃいけない。
小池:中野さんは経産省としてこの大学の工学教育あるいは神戸大学のレベルの技術者とか教育体制、将来に期待することはありますか。高度経済成長期、5割以上、6割近くのGDPは製造業で行われてきて、現在は3割切っていると。時代に合わせるならば、縮小化というのは、当然、考えられるでしょう。
しかし、一方で、工学の役割が終わったわけではない。あるいは、神戸大学は、そんな悪い大学じゃなくて、技術者のエリートを育てている自負もある。こういったなかで、経産省のお考えと中野さん自身の将来に対する次の100年に向けての展望はありますでしょうか。
中野:経産省の考えは基本的に間違えてますから、経産省の話なんか聞かないほうがいい。私個人の見解は、経産省よりだいぶマシだと思います。まあ、それは冗談でして、それはともかく私見を申せば、産業の中心が農業から工業になり、さらに情報サービス業になるという発展段階説が流布しています。こういう発展段階説に立つと、製造業の時代は終わったかのような印象を受けます。ところが、この10年間くらいは、第4次産業革命と言われて、IOT(様々な「モノ」がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組み)なんか典型ですが、もう1回、製造業に戻ってきているんですね。バーチャルの世界だけではダメで、リアルの世界とつながらないといけないと言われるようになってきた。工学の世界はデジタル化で駆逐されるのではなくて、むしろ重要性を増しているのではないでしょうか。
加えて、最近のコロナもそうですし、気候変動、あるいはウクライナ戦争や台湾の危機など、地政学的に不安定化している。そうすると、マスク、食料、水、電力、ガスといった、当たり前にあったはずの基礎物資が足りなくなるという激しい時代になった。そうすると、議論が逆転するんですよ。これからはソフトウエアだとか、デジタルの世界だという議論は、アメリカが覇権国で、世界がそこそこ平和で、食料や水やエネルギーの供給に心配する必要のない、グローバル化で上手くいっていた時代の話です。いまは、そこが全部、ぶっ壊れている。そういう基礎的な物資が欠乏し、稀少になってくると、工学の力がない国は生き残れなくなります。
最近、メタバース(コンピュータやコンピュータネットワークの中に構築された、3次元の仮想空間やそのサービス)なるものが流行っているようですが、明日食うものがなくなったらどうするのという時代に、メタバースとか言ってはしゃいでいる場合かということです。文明論的には、かなり暗い話ですが、しかし、基本に立ち返って、リアルな世界で真面目にやろうよということです。今、米中で技術の取り合いをやっています。これは工学の奪い合いですね。結局、地政学的にきな臭くなると、工学技術の競争ということになる。その意味でも、時代はすっかり変わって、工学が極めて重要性を増しているように思いますね。
小池:ありがとうございます。アメリカにレッドウィングという靴メーカーがあります。伝統的なレザーブーツを作っていて知っている人も多いと思います。そこが去年サイバーテロに遭った。すでに全工程をオートメーション化していたので、設計図がなくなり、工場も止まった。それでどうしたかというと、レッドウィングの引退した職人を呼んできて、もう1回設計図を作らせている。これ、あと、10年遅かったら、大変なことになっていたそうです。
われわれはウクライナ情勢とか、いろんなことで、このようなリスクを目にしているわけですけれども、できる限りリスクを分散させないと非常に危険です。だから、継続させることは非常に重要で、大学の存在あるいは大学の教育も社会全体のリスク管理としても、当たり前のこととして、やっておかなければならない。そしてそれは非効率的なものをふくめて議論しなければならないということと思います。今日のお二人のお話で、僕の疑問はだいぶわかったし、もっと、わからなくなったこともあります。一度、ここで、シンポジウムを終えて、質疑応答を始めたいと思います。
(鼎談第5回へつづく)
<登壇者プロフィール>
■中野剛志(なかの・たけし)
1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『変異する資本主義』(ダイヤモンド社)など。『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』、『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』、『楽しく読むだけでアタマがキレッキレになる 奇跡の経済教室』(KKベストセラーズ)は大ロングセラー中。また適菜収との共著『思想の免疫力』(KKベストセラーズ)もある。最新刊は『奇跡の社会科学 現代の問題を解決しうる名著の知恵』(PHP新書)が絶賛発売中。
■適菜収(てきな・おさむ)
作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、『安倍でもわかる政治思想入門』『安倍でもわかる保守思想入門』『国賊論 安倍晋三と仲間たち』、『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』、中野剛志との共著『思想の免疫力』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、『コロナと無責任な人たち』『ニッポンを蝕む全体主義』(祥伝社新書)など著書50冊以上。最新刊は『日本をダメにした 新B層の研究』(KKベストセラーズ)が絶賛発売中。「適菜収のメールマガジン」も配信中 https://foomii.com/00171
■小池淳司(こいけ・あつし)
神戸大学大学院工学研究科長。1992年岐阜大学工学部土木工学科卒業。1994年岐阜大学大学院工学研究科博士前期課程修了(土木工学専攻)。岐阜大学助手。1998年長岡技術科学大学助手。1999年博士(工学)(岐阜大学)。2000年鳥取大学助教授。2007年鳥取大学准教授。2011年神戸大学大学院工学研究科教授。主な著書に、『ようこそドボク学科へ!』(学芸出版)、『Policies to Extend the Life of Road Assets』(International Transport Forum,OEC)、『社会資本整備の空間経済分析』(コロナ社)、『インフラを科学する–波及効果のエビデンス』(中央経済社)、『価値創造の考え方:期待を満足につなぐために』(日本評論社)などがある。
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