戴冠式が行われた英国王チャールズ三世は〝イスラーム教徒〟だった!?【山本直輝】
イギリス国王チャールズ三世の戴冠式が、5月6日にロンドンで行われた。宗教典礼と華やかな様式を組み合わせた象徴的な儀式のため、一般市民や招待客がウェストミンスター寺院に集まった。70年ぶりの今回の戴冠式は、様々な宗教の代表も出席し、現在のイギリスの多様性を反映した式典だった。とはいえ、実はムスリム社会においてまことしやかに語られる都市伝説のひとつに「チャールズ3世の隠れムスリム(イスラーム教徒)説」がある。この噂について、国立マルマラ大学大学院助教授・山本直樹氏の論考を再配信する。
■新国王チャールズ三世はイスラーム教徒!?
エリザベス女王の2022年9月8日の死去を受け、皇太子から国王となったチャールズ三世。新国王の人となりについて英国内外の様々なメディアが論じているが、実はムスリム社会においてまことしやかに語られる都市伝説的な噂のひとつに「チャールズ三世隠れムスリム(イスラーム教徒)説」というのがある。
イギリスでは現在人口の約5%がイスラーム教徒で、バングラデシュやパキスタン、トルコ、アラブ諸国からの移民やその二世、三世など多様なルーツをもったムスリム市民が生活している。またイスラームに改宗する白人系イギリス人も徐々にではあるが増えつつあると言われている。
そのような英国のムスリム社会の中で活躍した、北キプロス出身のトルコ系キプロス人のムスリムであるムハンマド・ナーズィム・ハッカーニー(1922年生~2014年没)という人物がいる。彼はスーフィー教団(アラビア語でタリーカ)と呼ばれるイスラームの修行者サークルの導師で、イギリスを中心にヨーロッパで精力的に活動した。ナーズィム導師のスーフィー教団は、現在ヨーロッパでも最も影響力のある流派のひとつである。
「イスラームとは慈悲の海(マーシー・オーシャン)」をスローガンにドラッグ中毒者など社会のセーフティネットから零れ落ちた人間に対しても分け隔てなく接するナーズィム導師は英国ムスリム社会において、トルコ系ムスリムのみならず白人系イギリス人の改宗ムスリムの間でカリスマ的人気を誇り、イギリスのムスリム社会の発展に寄与した。同時にナーズィム導師は君主制の熱心な支持者でもあり、ヨーロッパ王室をイスラーム的に感化することにより、1924年にトルコで滅んだカリフ制イスラーム王朝をヨーロッパで復活させるという野望を持っていたと言われている。ここで話が戻るのだが、チャールズ三世はこのナーズィム導師の影響を受けイスラームに改宗したという噂があるのだ。ナーズィム導師自身もチャールズ三世はトルコ訪問中にイスラームに改宗したことを明かしながら、「次のイギリス国王はムスリムだ」と周囲に言っていたらしい。
当然英国王室はこの噂について否定しているし、事実の確かめようはないのだが、筆者がフィールドワークで訪問したイギリスやフランス、トルコにいるナーズィム導師の弟子たちは「チャールズ三世はムスリム」だと信じて疑わなかった。
チャールズ三世がムスリムであるかどうかは別にしても、彼はイギリス王室の中ではかなりの「イスラーム好き」の王族として知られている。1993年より彼はオックスフォード大学イスラーム研究センターのパトロンとなっており、「イスラームは人類の探求のあらゆる分野において、我々の過去と現在の一部であり、近代ヨーロッパの創造に貢献した。私たち自身の遺産の一部であり、よそものではない」と発言している。環境問題に対してもイスラームの精神性から多くのことを学ぶことができる、と評している。また2003年のイラク戦争についても批判的な見解を書簡を通じて当時のブレア首相に伝えたことが後に明らかになり、「皇太子の政治介入」であるとの批判を受けた。
- 1
- 2