【連載】適菜収 死ぬ前に後悔しない読書術
〈第12回〉世界で一番すごい本
哲学者・適菜収が「人生を確実に変える読書術」の極意を語る!
「読書で知的武装」するなんて実にくだらない!
「情報を仕入れるための読書」から、いい加減、卒業しよう!
ゲーテ、ニーチェ、アレント、小林秀雄、三島由紀夫……
偉人たちはどんな「本の読み方」をしていたのだろうか?
正しい「思考法」「価値判断」を身に付ける読書術とは?
哲学者・適菜収が初めて語る「大人の読書」のススメ。
第12回
世界で一番すごい本
「これまで読んだ本の中で一番すごい本はなんですか?」と訊かれることがあります。
私が迷うことなく答えるのは、ヨハン・ペーター・エッカーマン(一七九二~一八五四年)が書いた『ゲーテとの対話』です。
エッカーマンは、ゲーテの晩年の秘書で、遺稿の編纂(へんさん)にもかかわった人です。
ゲーテの活動範囲は多岐にわたります。
詩人であり、劇作家であり、小説家であり、自然科学者であり、政治家であり、法律家であるゲーテに、エッカーマンは適切な質問をして、答えを記憶し、書き残した。
この本には衝撃を受けました。
普通の本なら、せいぜい数ヶ所傍線を引く程度です。
しかし、『ゲーテとの対話』は、すべてのページに傍線を何ヶ所も引かざるをえなかった。それで文庫本が傍線だらけになってしまった。
昔、高田馬場の図書館で傍線だらけの本を借りたことがあります。
図書館の本に傍線を引く奴は人間の屑(くず)です。
本当に許しがたい。
しかし、その本を読んでいるうちに、だんだん怒りの矛先が変わってきた。
「お前、ここに傍線引くのかよ」「引くならこっちだろ!」と。
人間の屑は、傍線を引く場所も屑です。
よくありがちなのは、本の前半、最初の三〇ページくらいまでは傍線がたくさん引いてあるのに、後半には一行もなかったり。途中で挫折したのでしょう。
子供は大事なポイントがわからないから片っ端から傍線を引いてしまう。世界史の教科書が赤や黄色や水色のマーカーの傍線だらけの奴っていましたよね。
傍線の多さでアホさ加減もわかってしまう。
価値判断とは線引きを行うということです。
一線を画すということである。
でも、『ゲーテとの対話』に限っていえば、私は全ページに傍線を引きました。
それだけでは満足できなくなって、パソコンのワープロソフトで傍線を引いた部分を打ち込んでいった。
それをプリントして鞄に入れて持ち歩き、電車の中などで読み返すうちに、ゲーテの思考回路がうっすらわかるようになってきた。
あるとき、水道橋の居酒屋である作家と酒を飲んでいて、偶然ゲーテの話になり、「こんなものを作ったんです」とプリントした紙を見せた。
それがきっかけとなり『ゲーテに学ぶ賢者の知恵』という本を出すことになった。
ゲーテのエッセンスを抽出し解説を加えたもので、文庫化もされ、トータルで五万部くらい売れました。
「本になって印税が入ってよかったね」という話ではなくて、本当に偉大なものは近くに置いておくべきだということです。
〈第13回「『ゲーテとの対話』はなぜ凄いのか?」につづく〉
著者略歴
適菜 収(てきな・おさむ)
1975年山梨県生まれ。作家。哲学者。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『日本を救うC層の研究』(講談社)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)など著書多数