野村克也元監督本はなぜ読まれるのか?
なぜ苦労を知らない人間は大成しないか
野村克也元監督本はなぜ読まれるのか?
野村克也元監督の著書は数多いが、それは読者の支持を受けている証明でもある。
では、なぜ野村克也元監督本(以下、ノムさん本)は、これほど読まれるのか。
ノムさん本の魅力を探ってみた。
ノムさん本の基本として、まずノムさん自身の苦労話が語れるのだが、これがグッとくる。
ノムさんは、人生は「苦労の連続であった」と振り返るが、「プロ野球選手を目指したのは、何とか貧乏生活から抜け出したいと考えからであり、母を楽にさせたいと考えたからであった」と言うのだ。
果たして、現役のプロ野球で、こんなことが言える選手がいるだろうか?
そして、入団テストで南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に合格したノムさんだったが、1年目のシーズンオフにいきなり解雇通告を受けている。
その時のことを、こう振り返る。
「せっかく貧乏生活から抜け出すチャンスを得たのに、簡単にそれを手放すわけにはいかない。
何度も球団職員に頭を下げて、最後に相手を根負けさせる形で契約延長を認めさせたのだが、今度は2軍の監督にキャッチャーからファーストへのコンバートを命じられる。
『お前のその肩では、1軍ではキャッチャーとして通用しない』と言うのだ。肩が弱いということは自覚していた。それだけに暗澹たる気持ちになったが、ここであきらめるわけにはいかない」
そして、ここからがノムさん本の真骨頂なのだが、ノムさんは、当時は、タブーとされていた筋力トレーニングに取り組み、肩の弱さを克服してしまうのだ。
当時のことをノムさんは、こう振り返る。
「野球選手としての道を切り拓くためには、肩が弱いという弱点を克服しなくてはいけない。そのためには新しいことへの挑戦をためらっている場合ではなかった」と。
ノムさんは、ただガムシャラに筋力トレーニングに取り組んだわけではない。当時は誰も振り向きもしなかったメジャー・リーグ(大リーグ)に目を向け、日本よりもはるか先に行っていた、野球技術からトレーニングの方法までをきちんと学んで下した判断なのだ。
こうした探究心は、その十数年後には偉大な発明も生んでいる。
今では当たり前となっているが、ランナー出塁時の「クイック・モーション」はノムさんの考案である。
考案の発端となったのは、福本豊との対決である。当時の阪急ブレーブス、福本豊は1970年に盗塁王となると、1982年まで13年連続で盗塁王の座を維持し続けた名選手である。
「福本に単打やフォアボールを許すことは、二塁打を打たれるのと同じだった」と、ノムさんは振り返る。
なんとか福本の盗塁を阻止しようと生まれたのが、クイック・モーションなのだ。これは、当時のメジャーリーグでもほとんど実践されていなかった。
だからノムさんは「ちっちゃいモーション」と呼んでいたと言う。
正しい努力をすれば誰でも成功できる
ノムさん本には、こうした苦労と、それを克服していく実話が満載である。作り話でないだけに、ノムさんが本当の苦労の中から、何かをつかみ取り、そして乗り越えてていく姿がリアルに浮かんでくる。
さすがにこれは「本物だな」と、誰もが感じ取ることができる。
昔から言われる「苦労は買ってでもしろ」の意味が、初めて腹に落ちる瞬間でもある。
ノムさんは、こう続ける。
「苦労は誰だって嫌なものである。しかし、本気で苦労を味わった人間は、『どうにかこの状態から抜け出したい』と本気で願うものだ。
すると苦労から抜け出すための方法を一生懸命に考える、「思考」という習慣が育まれていく。
そして次には、「自分には何が足りないのか」を考える。すると今度は、自分や周りの人間が置かれている状況や心理、変化を敏感に察知する「感性」も磨かれていく。
さらには、私がタブーとされていた筋力トレーニングに取り組んだように、苦労から抜け出すために新しいことに果敢にチャレンジする「勇気」も身についてくるのだ」と。
つまり、苦労とまともに向き合った人間は、「思考」「感性」「勇気」を備えることができるようになるのだ。
人間は、素質を持って生まれてきたことが幸せに繋がるとは限らない。凡人であっても正しい努力をすれば成功できることをノムさんは教えてくれているのだ。
ノムさん本の魅力とは、その一点に集約されるように思う。