【連載】適菜収 死ぬ前に後悔しない読書術
〈第21回〉悪を直視する
哲学者・適菜収が「人生を確実に変える読書術」の極意を語る!
「読書で知的武装」するなんて実にくだらない!
「情報を仕入れるための読書」から、いい加減、卒業しよう!
ゲーテ、ニーチェ、アレント、小林秀雄、三島由紀夫……
偉人たちはどんな「本の読み方」をしていたのだろうか?
正しい「思考法」「価値判断」を身に付ける読書術とは?
哲学者・適菜収が初めて語る「大人の読書」のススメ。
第20回
悪を直視する
先述しましたが、無知な人間に害がないのかというと、そうも言えない時代になってきました。前近代には、本などいっさい読まなくても立派な人生を送った人はいたと思います。
漁師として、猟師として、農民として、大地に根ざして生きた人はいた。
しかし、無知で怠惰で愚鈍であることが、野蛮を生み出すのが近代社会です。アレントは『イェルサレムのアイヒマン』でその構造を示しました。
コタツでみかんを食べながらワイドショーを見ているうちに、大阪維新の会に投票してしまったり、売国・壊国路線を突き進む総理大臣を「愛国者」と誤認してしまったり。
ナチスだって市民社会の中から生まれてきたわけです。
目の前で発生している状況が見えていない人たちがいます。
「若くて頑張っているからいいじゃないか」
「爽やかだ」
「リーダーシップが求められている」
「ちょっとくらい強引なところがあってもいい」
「国際情勢が変化してきている」
「政治にはスピードが必要だ」
こう言いながら、過去に何度も発生した蛮行を繰り返そうとする。
結局、それは愚鈍ということです。
善意の人間、悪の存在を理解できない人間が、悪を増長させるのです。
それが近代特有の悪の出現の仕方です。
人間は社会から恩恵を受けている以上、社会を維持する責任があります。
そのためには、悪の存在を感知しなければならない。
その悪を見せるのが文学であり、悪を分析するのが哲学や社会学や政治学なのでしょう。
人間が劣化するのは空気が汚れているからです。
汚れた空気を吸えば人間は病気になる。
ショウペンハウエルがギリシャ・ローマの古典を薦めたのは、それが精神を浄化するからです。
ゲーテは言います。
現在、わが国で発生しているのは思考停止です。
思考が停止するのは「答え」を見つけるからです。
安易な「答え」を拒否するのが読書という行為です。
人間理性を警戒するのが保守であり、人間が抱える悪を直視するのが広い意味における文学であるとするならば、読書とはイデオロギーを拒絶する「保守的な行為」といっていいかもしれません。
〈第22回「なぜ世界は不幸になったのか」につづく〉
著者略歴
適菜 収(てきな・おさむ)
1975年山梨県生まれ。作家。哲学者。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『日本を救うC層の研究』(講談社)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)など著書多数。