地方有数の進学校にいた私。事態が大きく変わったのは高校三年の春だった【神野藍】連載「私をほどく」第2回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第2回
【あの時自由を夢見ていた少女に、ただ一つだけ伝えたい】
事態が大きく変わったのは高校三年の春。
学年の先生から「指定校受けてみる気ない?」と打診があった。基本的に指定校が来ているのは東京の私立大学ばかりであった。私の中で胸が高鳴るのを、私自身はとっくに気がついていた。もちろん、東北大への進学を希望している両親とは、人生で初めての喧嘩をしたが、梅雨に入る前ぐらいには私の意志の強さに根負けし、東京への進学を許してくれた。
そこから秋の定期テストまでは気が抜けない日々が続いたが、校内の男子生徒の間では、「男子たるもの一般受験」という風潮があり、そのため、ライバルになるであろう人たちは少なかったし、私が指定校で受けると噂が流れてからは、ほぼ無敵状態であった。
そして、ついに11月、早稲田大の合格証明書を獲得した。あのころの先生たちは、私を指定校推薦者に選んだことを数年後に後悔していないだろうか。それを聞くことは叶わないが、確かにあの頃の私は、誰よりもその資格があったのは事実である。
東京へ向かう日、両親は特別な日だからと、はやぶさのグリーン車の切符をとってくれた。「すぐに会える距離だから」と、どこかお互いの寂しさを拭いあったことを、いまも鮮明に思い出すことができる。荷物はすでに東京に配送済みで、私が抱えていたのはスーツケース、ただ一つだけであった。あまりにも身軽で、どこへでも行けそうな気がしていた。東京はもっと広くて、自由だと夢を見て。そんな少女に一つだけ伝えたい。「大正解ではないけれど、それは間違いではなかったよ」と。
(第3回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定
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