「ナチス」について少しでもポジティヴなことを語れば、いきなり異端審問されても文句は言えないのか【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「ナチス」について少しでもポジティヴなことを語れば、いきなり異端審問されても文句は言えないのか【仲正昌樹】

1934年、国会議事堂で演説したアドルフ・ヒトラーに敬礼するナチス党員

 

  『検証  ナチスは「良いこと」もしたのか?』という岩波ブックレットが発売されたのを機に、「ナチスは良いこともした」、と受け取られる発言をすると、この共著ブックレットの著者の一人の信奉者と思われる人たちから、ネット上で集中攻撃され、「お前は、ナチスを肯定するネトウヨだ」、と人格攻撃される事態がたびたび生じている。私も少し前に、被害にあった。「別にナチはなかなかいい所がある、と言いたいわけではない。神でもないのに、ナチスは一切良いことをしなかった、という主張を受け入れるか否か、他人に二者択一の選択を突き付けるような行為がおかしい、と言っている」と説明しても、彼らは聞く耳を持たず、「お前それでも大学教授か」「こんな程度か」「これで全体主義の解説本書いているなんて、ヤバい」、と私が嫌がりそうな、ありとあらゆる罵声を浴びせかけてくる。彼らは一体何のために、こういう「反ナチ」活動をしているのか。こういう言動がどうして変なのか考えてみた。

 念のためにもう一度言っておくと、私自身は「ナチスが何か良いことをやった」と主張したいわけでもないし、そういう主張を擁護したいわけでもない。むしろ、そういうことを言う人とは距離を取りたい方である。私のナチスに対する好き嫌いの話ではなくて、「ナチスは何もいいことはやっていない」と言われて、「そうかな、いろんな側面を細かく分けてみれば、少しくらいはいいこともしているんじゃない」、という素朴な疑問を呈する人に対して、そういう発言を許さず、「お前は分かってない。これを読んで勉強しろ。そんなレベルで発言するな」、などと強要する行為を問題にしているのである。

 そして、そうした傲慢な態度の“根拠”になっている、「ナチスは全く良いことをしなかった」という断定は、いかなる意味でも学問的な態度でなく、宗教めいている、とも言っておきたい。疑似宗教的な前提に基づいて、意見が違う(ように見える)人を集中攻撃して精神的に参らせ、黙らせるのが、真剣にナチズムについて学び、考えようとする人間のやることか。まるで異端審問だ。

 「ホロコーストの問題があるので、ナチス政権は全体として肯定的に評価できない」と、「ナチスは一切良いことをしない。絶対悪だ」は全く別次元の主張である。ナチ・プロ的な活動をしている人たちは、前者ではなくて、後者に拘る。無論、「ナチスは良いことをしない」が単なる言い回しで、実質的に前者と同じなら、目くじらを立てるつもりはない。また、世の中で言われているナチスがやった「良いこと」のことごとくを否定したいと思い、そういう意見を表明することは、それこそ本人の自由である。それを、キリスト教の教理問答のような形で、他人に強要しておきながら、正義の味方のふりをする態度が傲慢極まりないと言っているのである。

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか』(KKベストセラーズ)

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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