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僕にはテーマがない【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第12回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第12回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。  ✴︎連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」がついに単行本化され発売に! 総頁数:344頁。未公開の書き下ろし原稿(第36〜40回)も収録。視点が変わると、人生も変わる!あなたにとって大切な一冊になるとお約束します!


 

 

第12回 僕にはテーマがない

 

【作品から感じるものとは】

 

 芸術作品に限らず、いろいろなものにテーマがあるような感覚を大勢の方がお持ちのようである。これは、日本に限らないように見受けられる。悪くはない。テーマ性みたいなものが大事だ、と考える人もいる。

 僕は、面白ければ良い、楽しければ良い、新しければ良い、驚かされればそれで良い、その作品に接したときに自分が感じるもの、ただそれだけで良い、と考えている人間である。たとえば料理だったら、美味しいなあ、と感じられたら、その料理を食べた甲斐があったと思う。それで充分だ。しかし、その料理を作った人は、材料に拘り、試行錯誤をした、その努力を訴えたいと思っているかもしれない。あるいは、歴史的なものを再現したのかもしれない。料理を作るときに、そういったなんらかの「思い」を込めた、と言葉で訴える。これが、一般に「テーマ」と呼ばれているものだ。

 テーマなんてどうでも良い、といっているのではない。そういったものがないと、ものが作れない人もいるし、受け取る側も、ただ美味しいだけでは満足できず、料理人の思いや、何を目指したのか、といった、いわば物語性みたいなものを知りたい、と思うかもしれない。そういう人もいる。でも、みんながみんなそうなのではない。

 絵画においても、作品に込められたテーマがある。だいたいの場合、それはタイトルに表れている。絵を見ただけではわからないが、タイトルに触れると、ああ、そういうことをいいたかったのか、と気づかされる。でも、だからといって、その絵の価値が変わるとは、少なくとも僕は考えていない。絵を見て、自分が感じたものがすべてであって、作者の気持ちを理解するために絵を鑑賞しているのでは(僕の場合は)ない。絵が美しければそれで良い。

 たとえば、スポーツは芸術ではないが、僕はスポーツを見て、凄いな、と感じられればそれで良い。その選手がどんな境遇であるかは無関係だ。知っていると、少し感じ方が変わることは確かだが、しかし、スポーツにテーマがあるとは認識していない。

 音楽もまったく同じ。しかし、歌が含まれる音楽になると、言葉が作品に混入するから、テーマが前面に出やすくなる。したがって、多くの人たちが、テーマを含めてその曲を愛する傾向が観察されるけれど、僕はそうではない。聴いて、凄いな、と感じられたらそれで良い。どんな「いわく」があろうが、関係ない。格好良ければ、それだけで良い音楽だと評価する。良い悪いに理由はいらない。

 音楽を作った本人が、その曲にどんな思いを込めたのかは、僕には関係がない、ということである。もちろん、そういう感じ方をしない人もいらっしゃるだろう。その感性を否定しているわけではなく、僕の場合はこうですよ、という話。

次のページ作品に込める思いはない

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「無事」を重ねることが、人生の成功である。少し気をつけていれば、誰でもできる。ときどき予期せぬ不運が襲ってきても、また少しずつ無事を重ねて挽回していけば良い。勝たなくても良い。負けても良い。またの機会を待てることこそが、成功の価値なのである。(第35回「充実した人生に唯一必要なもの」より抜粋)

 

◉人生はプログラミング◉水を差しにくい社会◉話し上手と書き上手

◉老人になっても社会人である◉余計なものを持つことの価値

◉気持ちという質量◉「潔癖社会」純度上昇中◉ジェネラリストは存在しない?

◉どうなれば成功なのか?◉適度な自己中のすすめ◉アイデアを思いつける人

◉思いつきの手法◉新しい価値は無駄から生まれる◉頭は知識で肥満になる

◉楽しければそれで良いのか?◉効率か快適か、それが問題だ

◉自己利益が最重要な方針◉作るために必要なこと

◉一人でいることは、自由の象徴◉充実した人生に唯一必要なもの

◉AIが活躍する未来って?◉的確な質問をする能力

◉ネットのモラルはこれから◉フィクションを楽しむ条件

◉いつ死んでも良い生き方とは etc.

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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