「ナチ・プロ」の正体とは? 人間をまるでモンスターのように狩り、バグのように修正しようとする人たち【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「ナチ・プロ」の正体とは? 人間をまるでモンスターのように狩り、バグのように修正しようとする人たち【仲正昌樹】

ポーランド ワルシャワ・ゲットー (1943年)

 

 彼らが「罠」と言っているのは、ブックレット(『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』)で“論破”されている論点だ。ナチ・プロは、教祖様が、潜在的ナチス=モンスターが言いそうなことを予め予見して、ブックレットで予め論破している、と信じている。従ってナチ・プロに言わせれば、そうした教祖様が先手を打っておいた問題、例えば、アウトバーン建設がドイツ経済にプラスの効果をもたらしたか、といった問題に触れるのは、教祖様の仕掛けた罠にはまってしまって、逃げ出せなくなることを意味する。

 ごく普通に考えれば、教祖様の予めの“反論”が不十分であれば、そこを問題にするのは当然のことなのだが、ナチ・プロは自分たちのやっている“論争”あるいは“レスバ”を、『キングダム』のような軍略系アニメのストーリーとしてイメージしていて、敵方の司令官が罠を仕掛けた所に進軍すれば、ほぼ「負け確定」になるようだ。

 私が「打つ手を間違えた」と言っている者もいた。恐らく、(自分たちと同じように)私もネット上で強い敵と戦って倒し、自分の戦闘力を上げようとしたとでも思ったのであろう。彼らにとって、「潜在的ナチス」を倒すのは、全体主義や排外主義の台頭を防ぐためではなく、自分の戦闘力を上げるためである。ナチ・プロには同調する大学教員に「jediの騎士」を名乗る者もいた。私のようなのを叩いて「とどめを指す」とかなりのポイントがゲットできるのだろう。私のプロフィールを見て喜んでいるのがいた。

 彼らが、正義感情の暴走で暴れているというより、ゲーム感覚でやっているのは、「潜在的ナチス」を叩く時の彼らの言葉遣いや態度から見て取ることができる。全体主義や排外主義が広がるのを本当に懸念しているのであれば、「〇〇の面でナチスも肯定的に評価できることをやったのではないか。そうでないと説明できないことが多い」、と言っているだけの人を、「潜在的ナチス」呼ばわりしたりするはずがない。

 懸念をそれとなくソフトに伝えたうえで、相手の真意を探り、ナチズムが関わった現代史を一緒に学ぼう、と呼びかけるような形でなければ、相手は納得しない。モンスターとして集中攻撃を受け、疲れ切って無理やり黙らされた人は、恨みに思うだけだろう。それだけではなく、ナチ・プロにやられた反動で、本当の「プロ・ナチ」になってしまうかもしれない。「ナチ・プロがあれだけ必死に否定しているのだから、ナチスについて言われているマイナスの情報は嘘で、ナチスは善政をしていたかもしれない。対ユダヤ人政策も基本は間違っていなかったかもしれない」、という感じで。私には、ナチ・プロたちは、無暗に攻撃することで、“潜在的ナチス”から本当の「プロ・ナチ」を生み出して、ゲームを続けたがっているようにしか見えない。

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか』(KKベストセラーズ)

 

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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