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みんな新しいものが好きだった。【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第18回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第18回

 

【人はいつも新しいことを考えようとする】

 

 実物を入手する必要がないこともある。たとえば、その新しい技術に関する書籍を読めば、凄さが理解できる。どのようにしてそれが生まれたのかを知ることで、人の凄さが伝わってくる。だが、それ以上に、できればそれを自分も使ってみたい、そんな気持ちがある。

 機械だったら、分解して内部を見てみたい、という好奇心が湧く。子供の頃から、凄いおもちゃに出会うと、必ず分解して内部を確かめた。電化製品も分解して、中を見た。扇風機の1、2、3というスイッチはどうして、1つを押すと、今まで押されていたものが戻るのか、その仕組みを知りたかった。ミシンの糸は、どうして布を通り抜けるのか、確かめたかった。掃除機が空気を吸い込むのは何故なのか……。

 あるとき、自分の身の回りにあるものの仕組みが、だいたい理解でき、説明ができないものはなくなってしまった。だから、新しい技術、これまでにないものへと興味が移っていく。そういうものを分解して、中を探ってみたい、と。

 僕のこのような小さな冒険は、いつも、それらの凄いメカを作った人間の頭の良さへの憧れにつながっていく。よくもよくもこんなものを考えたな、と溜息が出る。凄い人間がいるものだ。しかも、一部の天才ではない。めちゃくちゃ大勢いるのだ。

 まず、その新しいアイデアを思いつく人がいる。そして、それを具体的な構造に展開し、それらを実際に作り、試し、試行錯誤を繰り返す技術者たちがいる。そんな素晴らしい人たちのおかげで、新しい製品が生まれてくる。開発に時間と労力と費用がかかるため、新しいものは値段が高い。わざわざそんな高価なものを購入するのは、人類の叡智への僅かばかりの寄付、投資である。

 そうそう、どこかであった災害に関連して、この頃はその地方を「応援」するためのイベントが開催され、食べ物などを売り出したりしている。それを買う人たちは、マイクを向けられると、「少しでも」という単語を必ず使う。「少しでも応援したい」「少しでも元気になってもらいたい」と。どうも気になる。その食べ物を買わずに同じ金額を寄付すれば、「少しでも」多くのお金が届くのにな、と考えてしまう。たぶん、僕のひねくれ具合によるものだろう。

 話題が逸れた。僕が新しいものを買う理由として、開発者にお金を届けたいのは、ほんの「少し」の割合であって、大部分は、単に新しいものに自分の手で触れたいからである。

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』発売忽ち重版!✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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