いろいろ作ってきたけれど……【森博嗣】 新連載「日常のフローチャート」第19回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第19回
【「作る」といえるのはどこから?】
ところで、プラモデルは「作る」ものだろうか? そんなの当たり前だ、とおっしゃる方も多いと思う。でも、プラモデルは、「組み立てる」ものではないか。なにしろ、付属する説明書に「組立て説明」とある。そのとおりの手順でパーツを組むと、もともと決まっていた完成品になる。もちろん、色を塗ったり、細部を削ったりして、オリジナリティは出せるけれど、基本的に、よほどの改造を行わないかぎり、まったく違ったものにはならない。でも、レゴなどのブロックに比べると、プラモデルは作っている感じがする。その理由は、接着剤。そして、やはり塗装である。接着と塗装は、それを行うと、元に戻すことができない。ブロックはいつでも分解して初めの状態に戻せる。この「不可逆性」こそが、「作る」という行為の一つの要件といえるだろう。
普通の工作では、材料を切る、削る、穴をあける、溶かすといった不可逆的な処理が加えられる。キットなど、一部の工作が既に行われているものもある一方、材料が未加工に近い素材であるほど、工作は難しくなり、時間を要する。しかし、その処理の割合が増えるほど、純粋な「作る」行為に近づくのである。
英語で、「作る」は、ビルド、あるいはメイクである。工作の界隈では、キットではなく完全な自作のことを、スクラッチビルドという。スクラッチとは引っ掻く、傷つける、かき集める、裂く、穴を開ける、彫るといった意味である。これらはいずれも不可逆的工程といえる。
完全なスクラッチビルドのことを、特別に「フルスクラッチ」と呼ぶ。これは、市販のパーツを使わないで、すべてを自作することだ。なかには、ネジ類まで自作に拘る人もいる。また、その工作に必要な道具も自作するような人もいる。
だが、そんな人でも、金属材料や木材は市販のものを買っているのだ。それらは、工場で加工されている。金属は鉱物から精製され、形を整えて出荷される。木材も木を加工したものだ。だから、材料のどこまで自分が関わるのか、というレベルになる。
無線機やアンプを沢山作ったけれど、これらの工作は、電子パーツ、たとえば、真空管やトランジスタなどを使用する。それらを自分で作ることはできない。できないことはないが、極めて困難だ。では、電子工作というのは、工作といえないのだろうか。
実物でも、たとえば建築工事において、現場で作られているものは少ない。ドアや窓は、パーツとして運び込まれる。木材も工場でカットされた状態で搬入される。壁も屋根も、使われているパーツは工業製品だ。つまり、フルスクラッチとはいえない。
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〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。