伊藤万理華・ドラマ『パーセント』は障がい者を起用した、お涙ちょうだい物語ではない。日本の作品が踏み込まなかった、新しい道の開拓だ【小林久乃】
伊藤万理華主演・ドラマ『パーセント』(NHK総合)が最終話を迎える。全4話という短さにもかかわらず、SNSのトレンドランキングでは放送中に多くの反響を目にした。これはいったいなぜ?
作品の主軸となる女優に、東京パラリンピック2020の開会式で「片翼の小さな飛行機」で主役を務めた和合由依の起用があったからだろうか? ドラマ全体の出演者にも身体障がいがある俳優がいたからだろうか? 違う、それはあきらかな邪推だ。全4話を通して気づいたのは、私たちテレビを観る側の視点に問題があることだった。その件を振り返りたい。
◾️疑念が渦巻いた、第一話放送の以前
“地方テレビ局に勤務する20代の吉澤未来(伊藤)のドラマ企画が通過した。ところが会社が要求してきたのは、ドラマの主役に障がい者を起用することだった。予想していなかった状況に戸惑う未来はあちこちを周り、主演女優を探し、勝気な性格の女子高生・宮島ハル(和合)に出会う。下半身に障がいを持ち、車椅子を使用するハル。障がいをドラマに利用されるのは嫌だと当初は出演拒否するものの、未来の熱意に納得をして撮影に参加する。ただそこに待ち受けるのは、感動ポルノの要求、そしてハルへの特別扱い。果たしてドラマは完成するのか”
第一話を観る以前、あらすじを読む限り、頭に浮かんできたのはこれまでも何度か放送されている、お涙ちょうだい物語のイメージだった。下半身が動かない不自由な生活に屈することなく、主人公が健常者と同じ目線と姿勢で頑張っている。これが日本が確立してしまった、ドラマでのひとつのパターンだった。
ただ『パーセント』の圧倒的な違いは、敢えて障がいを際立てようとする人間が目立っていたことだ。そもそも企画決定の時点で、未来の上司は“多様性月間”というキャンペーンの一貫として、障がい者の起用を要求してきた。
「出演者の10%に障害者を起用する。それを大々的に打ち出すってのは、どうや。イギリスのBBCでもこういう数値や目標を掲げてやっとるやろ」
そう言う上司に、こらえる未来。昨今よく使われている多様性やSDGsという言葉には、眉をしかめる。善行為は何かに搾取されるものではなく、ヒト科の人間が自発的に行うものだ。ただドラマとして考えると、まずは発信側であるテレビ局を非難するような演出で「あれ? 今までとは違うのかもしれない」と吸い込まれる。