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「潔癖社会」純度上昇中【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第22回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第22回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」がついに単行本化され発売に! 総頁数:344頁。未公開の書き下ろし原稿(第36〜40回)も収録。視点が変わると、人生も変わる!あなたにとって大切な一冊になるとお約束します!


 

 

第22回 「潔癖社会」純度上昇中

 

【少しの汚れも許せない善良な人たち】

 

 既に90年代後半くらいから、「なんだか、みんなが潔癖症になったみたいだ」と感じていたけれど、当時は、「少々不気味だな」くらいの感覚だった。「潔癖」というのは、「神経質」と同様に、どちらかというと悪い意味で使われる場合が多いだろう。「綺麗好きすぎる」という意味だが、この「すぎる」が今では褒め言葉になり、「潔癖」も同様に良い印象になったかもしれない。潔癖な人が多数派になったからだろうか。類似のものに、「完璧主義」があって、本来は揶揄する表現だったのに、今では自慢したり褒め称える言葉になっている。

 今は使われないかもしれないが、「泥臭い」という表現がかつては使い勝手が良かった。意味は「田舎くさい」とか「やぼったい」といったところだけれど、これを「現実的」かつ「実質的」というようなポジティブな意味で使っていた。実際、田舎の道路は舗装されていないし、雨でも降れば靴は泥まみれになった。最近では、舗装されていない道路なんて、かなり珍しい。ワイルドな道はもう「道路」とはいわないのかもしれない。

 たとえば、「清濁併せ呑む」という言葉があって、僕の父がよくこれを語った。「度量が大きい」と解釈できる言葉だ。少々の濁りを気にしていてはいけない。トータルで評価しろ、といったところか。これが今では「そんな汚いものを飲むなんて信じられない!」と炎上するだろう。

 これらの変化は、前回書いた「綺麗事」の話と関連する。社会は裏表のないクリーンな方向へ進んでいるらしい。以前は、裏社会があって当然だったから、汚れたものも認めざるをえなかった。今は、汚い部分があってはならない、と多くの人(特に若い世代)が感じているようだ。正しくないことを見過ごせない、ちょっとした悪事でも許せない、といった潔癖社会に近づいているように見受けられる。

 このようなクリーンな社会への欲求が強くなってきた理由として考えられるのは、汚れていることがわかるようになったから、つまり可視化されたからだろう。悪い部分、いけないこと、これはどうかと思われるものを、かつては個人が知るだけ、それを誰かに話すだけで終わってしまった。話を聞いた人は、「そういうのってあるよね」と同調しつつ受け流したものだ。しかし、今はそれらが写真や動画で公開される。排除すべきものは、晒すべきだ、との認識が一般的になってきた。だから、目撃した個人も、黙っていてはいけない、告発しなければ、と考えるようになった。こうして、潔癖社会が純度を増す。大衆が「潔癖」で団結しようとしているようにさえ見えてしまうのである。

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「無事」を重ねることが、人生の成功である。少し気をつけていれば、誰でもできる。ときどき予期せぬ不運が襲ってきても、また少しずつ無事を重ねて挽回していけば良い。勝たなくても良い。負けても良い。またの機会を待てることこそが、成功の価値なのである。(第35回「充実した人生に唯一必要なもの」より抜粋)

 

◉人生はプログラミング◉水を差しにくい社会◉話し上手と書き上手

◉老人になっても社会人である◉余計なものを持つことの価値

◉気持ちという質量◉「潔癖社会」純度上昇中◉ジェネラリストは存在しない?

◉どうなれば成功なのか?◉適度な自己中のすすめ◉アイデアを思いつける人

◉思いつきの手法◉新しい価値は無駄から生まれる◉頭は知識で肥満になる

◉楽しければそれで良いのか?◉効率か快適か、それが問題だ

◉自己利益が最重要な方針◉作るために必要なこと

◉一人でいることは、自由の象徴◉充実した人生に唯一必要なもの

◉AIが活躍する未来って?◉的確な質問をする能力

◉ネットのモラルはこれから◉フィクションを楽しむ条件

◉いつ死んでも良い生き方とは etc.

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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