あなたはどのように信じますか?【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第23回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第23回
【技術者が信じるのは確率】
一流の技術者というのは、「これは絶対に大丈夫」とはいわない。そういう話をこれまでに何度も書いてきた。自分が作ったものに自信を持っていても、それが100%、つまり完璧なものだとは考えない。なにか自分が見落としているもの、なにか自分が知らないこと、そんなトラブルが発生する確率はゼロではない、ということを知っているからだ。
あらゆるものを確率で考え、確率で評価する。「完璧に」「絶対に」という言葉ではなく、数字で示す。これは、「確率」を信じていることになるかもしれないが、一般でいう「信じる」よりは「信じない」に近い姿勢といえるだろう。
確率というのは、多くの前例がある状況で成立するものだが、前例ではなく、理屈による予測でも擬似的に考えることができる。たとえば、安全性などは過去のデータと、理論上の予測から計算される。誰か偉い博士が「絶対に安全です」と太鼓判を押しても、確率にはなんら影響しない。
普通の人は、近所の知合いのちょっとした情報を信じてしまう傾向にある。これが、「世間の評判」というものだった。評判以外には、供給側が提示する「宣伝」しか情報がなかったので、少なくとも宣伝よりは評判の方が信頼できた。
しかし、ネットが普及した現代では、この世間の評判はもっと広範囲で多数の評価になりつつある。今はネット社会が始まったばかりで、まだまだ拙いシステムではあるけれど、多くの人たちは、世間の評判が「非常に多数の人たち」による判断や意見だと思い込んでいる。これは、昔の人が神を信じたり、長年にわたって定着した評判を信じたりするのと同様であり、ある種の信仰といえるかもしれない。
現実には、それほど多数ではないとか、信頼性に欠ける評価者が混在しているなどの問題を抱えている。今後さらに新しいシステム、たとえば、評価者を評価するような仕組みの導入によって改善されていくだろうから、いずれはもう少し信じられるものになる可能性は高い。そして、技術者が信じているのと同様に、最終的には確率によって数値化されるはずである。少なくとも未来には、より洗練された評価法が「信じる」対象としてスタンダードになるだろう。
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〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。