星の王子さまに「星の」をつけたのは日本人!?
なんと、原題はただの『小さな王子さま』だった
フランスの小説を一躍日本のベストセラーに
日本ではタイトルの『星の王子さま』が一人歩きして、原題がただの「小さな王子さま」というのを知らない人が多い。けれども、もし日本版にこの「星の〜」がついていなかったら、日本ではこれほどまでに売れたかどうか? 「星の〜」をつけただけとはいえ、翻訳を仕事としている者からすると、この素晴らしい発想にはただただ脱帽するばかりである。
これまでは、訳者の内藤濯氏が、最後になって「ひらめき」で思いついたと言われていた。しかし、本当にそうなのだろうか? というのも、当時はわからないけれど現在は、最終的なタイトルを決めるのは主として編集サイドで、編集者としての手腕が問われる重要な決定事項の一つでもあるからだ。また、タイトルをつけるのが得意な人と、そうでない人もいる。
一九五三年、「岩波少年文庫」の五十三番目の本として出版された本書の価値を最初に見抜いたのは、前出の石井桃子さんだった。『クマのプーさん』『ピーターラビットのおはなし』などの英語の童話を数えきれないほど訳している石井桃子さんは、フランス文学に詳しい知人から「Le Petit Prince」の評判を聞き、さっそく英語版「The Little Prince」を取り寄せて一読、すぐにその個性的な面白さに引きつけられたのだ。
もしこの原書が英語だったら、石井桃子さんは自分で訳したことだろう。しかしフランス語だったことから、内藤濯氏に白羽の矢が立ったのだが、編集段階では訳文を英語版と納得のいくまで照らし合わせるほど執着した、ことは前述した通りである。
さてタイトルだが、このときのやり取りをいちばん身近にいて知っているのが、口述筆記をした内藤佼子さんである。その佼子さんは、最近出版された石井桃子さんの評伝『ひみつの王国 評伝石井桃子』(尾崎真理子著、新潮社)のなかで、『星の王子さま』が出版された当時のことを振りかえって、「桃子さんは星がとても好きな人だった」と語り、日本語版に「星の〜」をつけるタイトル案も「桃子さんから出たような気がする」と、踏み込んだ発言をしている。同評伝によると、その頃の石井桃子さんは「星の〜」を「乱発気味」で、「岩波少年文庫」の五十一番目の作品のタイトルが『星のひとみ』なら、少しあとに出た創作で紙芝居用の短編のタイトルも『ほしのおひめさま』だった……。
しかし、それもこれももう六十年以上前のこと。当事者である内藤濯氏も石井桃子さんもすでに亡くなっている現在、真相は闇のなかだが、名作『星の王子さま』の誕生に石井桃子さんが大きく関係していたことだけは事実のようだ。
<『『星の王子さま』 隠された物語』より抜粋>