適度な自己中のすすめ【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第27回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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適度な自己中のすすめ【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第27回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第27回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)。絶賛発売中!


 

 

第27回 適度な自己中のすすめ

 

【なさけは人のためならず?】

 

 僕が子供のときには、この言葉をよく聞かされた。今の人には、「なさけ」が通じないかもしれない。漢字で「情け」と書くが、これは、思いやり、心配、同情、慈愛、情愛、憐れみ、風情など、人間の感情を幅広く示す言葉である。たとえば、「なさけをかける」といえば、他者への思いやりを言葉や行動で示すこと。また、「なさけない」とは、無情、無愛想、無骨、あさましい、といった意味になる。

 他者に対して親切に接し、援助をしなさい、というとき、「なさけは人のためならず」といわれる。これを、逆の意味に取って、「甘やかしたら、その人のためにならない」と間違った解釈をしている人が多い。そうではなく、「親切にすれば、回り回って自分が得をする」というのが真意であり、ようするに、人に親切にすることが自分のためになる、という、いかにも「道徳的」な教えといえる。

 よく「自分勝手」「自己中」というのは、自分の利益だけを考え、周囲に迷惑をかける人間を非難する言葉として用いられるけれど、周囲と同調、協調して信頼を得ることも、間接的にであれ自分自身の利益となるわけだから、自分勝手や自己中と同じく、「周囲との協調」も自己利益のためであることには変わりない。

 自己利益の追求は、人間はもちろん、すべての生物の本能的な欲求だろう。生きているものは例外なく、「自分ファースト」なのだ。ただ、自己利益追求の戦略が、思考力によって異なる。短絡的で刹那的だと、自分勝手で他者の迷惑を考えない手法となる。一方、理性的で計画的になると、周囲との協調を重んじる道徳的な手法を選択し、結果的により大きな自己利益を得る。考えなしで目前の利益を取ると犯罪者になり、少し考え状況を鑑みれば聖人、君子となる。当然ながら、得られる利益にも格差が生じる。他者へのなさけは自分のためだ、という教訓の趣旨はここにある。

 ただ、その道理がわかっていても、道徳的な行為で利益を得る手法に対して、良い子振っているのが鼻持ちならない、白々しい演技であって、そんなものは偽善だ、といった批判的な感情を持つ場合もあるだろう。優等生は嫌いだ、自分に正直でいたい、と考える。これも、一理ある。たしかにそのとおりだ、と僕も思う。

 さて、皆さんはどう考えるのだろうか? 多くの場合、周囲に迷惑をかける厄介者には、「そんな生き方は損だよ」と説得するけれど、彼らには、自己利益のために善人振ることが汚く見えている。損だわかっていても自由に生きたいという考えに、あなたはどう反論できるだろうか?

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 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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