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なぜ「もしもし」は「もし」を二語重ねるのか?それは人間と妖怪の分岐点だった【呉智英】

「日本語ブーム」の今、見落とされてはいけない「日本語の真実」


 電話をするとき、私たちは当たり前のように「もしもし」と呼びかけて話し始める。でも、そもそも「もし」とは何だろうか。なぜ二語重ねるのだろうか。そして重ねるのを忘れてしまうと、人間ではなくなる?『言葉の煎じ薬(ベスト新書、著:呉智英)から紹介する。


▲かつて若者言葉の代表例だった「もしもし」という呼びかけ

◾️看過できない言葉の乱れ

 私は、乱暴な若者言葉や俗語・流行語にあまり目くじらを立てない。むろん、こうした言葉は美しいものではないし品のよいものでもないので、私自身は使わない。文章講座で学生に教える時も、正式な文章や公的な場にはこういう言葉はふさわしくないと指導している。

 しかし、それ以外は、歴史の淘汰にまかせればよいと思う。歴史の淘汰にまかせるというのは、ほったらかしということではなく、こういう言葉への批判も揶揄もあった上で、残る言葉はどっちみち残るだろうということだ。目くじらを立てて苛立たなくとも、乱れた言葉の九割以上は日本語として定着はしない。言葉の論理性、体系性は、案外に強靱なのである。

 しかし、看過できない言葉の乱れもある。日本語の論理、日本語の思考を崩すような乱れだ。これには憂慮しなければならない。

「週刊ポスト」200581926日合併号の「街のツボ!」で、イラストレーターの森伸之が「もしもしはもう古い!?」と題して、こんな報告をしている。

 ファミリーレストランでの光景だ。20代のフリーター風の若者が携帯電話をかけ、相手が出ると「もし」と話しかけた。「もしもし」ではなく、「もし」。若者言葉は何でも省略するのが特徴だが、「もし」はないだろう。他で聞いたことはないので、まださほど広まってはいないだろうが

 と、こういう記事である。

 広まってなくてよかった。「もしもし」を「もし」と言うのは、森伸之が思っている以上によくない。この略し方は、我々が意識するとしないとに関わらず空気のようにその中で生きている日本文化に反するからだ。

 電話で「もしもし」と呼びかけるのは一種の定型である。といっても、電話用に考案された言葉ではなく、もともと、見知らぬ人に呼びかける言葉としてあった。電話では顔がわからないので、見知らぬ人に準じて「もしもし」と呼びかけるようになった。

「もしもし」は、「申す申す」である。ちょっと申し上げますが、という意味だ。英語を習い始めたばかりの中学生がふざけて「イフイフIf if」などとやっているが、もちろん冗談にしかならない。

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呉智英

くれ ともふさ/ごちえい

評論家

評論家。一九四六年生まれ。愛知県出身。早稲田大法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。『封建主義 その論理と情熱』『読書家の新技術』『大衆食堂の人々』『現代マンガの全体像』『マンガ狂につける薬』『危険な思想家』『犬儒派だもの』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』『日本衆愚社会』『バカに唾をかけろ』など著書多数。加藤博子との共著『死と向き合う言葉』(小社刊)がある。「呉智英 言葉の診察室」シリーズ全四冊(①『言葉につける薬』、②『ロゴスの名はロゴス』、③『言葉の常備薬』、④『言葉の煎じ薬』)がベスト新書より【増補新版】で刊行。

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