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無関係なことを考えてみよう【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第30回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第30回

 

【新しい価値は無駄から生まれる】

 

 実際の世界、つまり生活や仕事といった普通の活動では、無関係なものは無意味であるため排除される。関係のない話をすると周囲の人から変な奴だと敬遠されるだろう。つまり、社会にとって意味のないものは、異常なもの、嫌われもの、となる。したがって、普通は無意識にこれらを避ける。そういったことを考えないように、小さい頃から頭脳は訓練されている。

 もともと、赤子の頭脳はそうではなかったはずだ。社会も知らないし、まして常識もない。だから、何が関係のあるものかもわからない。少し成長しても、子供は無駄なことを思いつき、無意味なことをするはずだ。それを大人が制限する。関係のあることを話すと、周りの大人が微笑む。意味のある発言は、他者の関心を集める。だから、その方向でしか考えないように頭脳が成長する。

 具体的な問題を解決するためには、ほとんどの場合、関係のある連想をしなければならない。しかし、まったく新しいアイデアを思いつくためには、現在存在しないものをどこかから取り出すような思考が要求される。これが発想という行為であり、社会に順応して成長した頭脳は、これが苦手だ。普段の思考とは正反対だからである。

 たとえば、小説を書く場合、ストーリィは事象の連続性が求められるから、書き始めれば、つぎつぎとそのさきを思い浮かべることができる。こうなれば、つぎはこうだろう、と想像ができる。しかし、どこかに非日常性がないと、物語としての面白さが出ない。なにかちょっとしたギャップが欲しくなる。この程度のことならば、ほんの少しの発想で充分だろう。

 しかし、小説を構想するとき、あるいは詩や絵を創作するとき、何を描こうか、という思考は、まったく自由であり、道もなく、取っ掛かりもない。なんでもありではあるけれど、しかし、新しさが欲しい。そういうものを思いつくことは、かなり難しい。創作の始点には、非常に大きな(あるいは高い)発想が必要なのである。

 これを避け、なにかのオマージュで書き始めることは格段に簡単だ。テーマがあれば、ジャンルが決まっていれば、小さな発想でスタートできる。

 問題があれば、解くだけだ。問われれば、答えるだけだ。しかし、なにもないところから、誰からも問われていないときに、何を語るのかを思いつくことは難しい。難しい分だけ、その行為、その作品に価値が生じるし、また個性が表れる。

 結局のところ、人間が生み出すものの中で最も価値があるのは、発想だといえる。そして、これまでにない発想は、無駄から生じ、新たな価値を生む可能性を持っている。

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 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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