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知恵は知識ではない【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第31回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第31回

 

【強盗や選挙のニュースばかり】

 

 日本のニュースを見ていると、最近は強盗か選挙の話題が目立つ。SNS絡みの犯罪が問題になっているけれど、電話が個人に普及したときには、電話絡みだったわけで、単に新たなコミュニケーションツールが広まっただけの話。いつの時代にも、金目当てで、金欲しさの人を使い、他者から金を巻き上げる犯罪は存在している。個人情報を漏らしているから狙われる。今すぐにSNSをやめれば、その人は10年後に多少安全な生活を手に入れるだろう。

 選挙になると、今も街頭で大声を張り上げているのが滑稽。そして、どの党も語っていることは同じだ。クリーンな政治を、困っている人たちの声を聞く、生きやすい社会、子供たちの未来のために……と。悪口を除外すれば、対立しているようには全然見えない。僅かに食い違っていると思える具体的な意見はといえば、比較的小さなテーマでしかない。綺麗事しか発言しないから、こうなってしまう。

 前者の問題は、警察の予算や人員を増やすこと。後者の問題は、選挙運動自体を禁止すること。そういった意見が故出てこないのか、とずっと不思議に思っている。

 日本人は、「お願い」することで良い社会が築けると考える。でも、その願いが届かない人たちが一定数いることは古来変わらない。お願いすれば遠慮してもらえる、との文化は素晴らしいけれど、これでは理想には到達しない。

 とはいえ、僕は不満を持っていない。社会はまあまあだ。特に日本は今のところ戦争をしていないし、物価もまだ安い方だし、これでも治安は抜群に良いといえる。経済だって、ほどほどに回っているのでは?

 

庭園内で最も低い場所を運行する列車。線路は木造の構造で持ち上げられている。針葉樹が多い区域だが、胡桃の実が沢山落ちているので、どこかにその樹があるはず。

 

文:森博嗣

 

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 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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