「事実無根の捏造記事」で文藝春秋に名誉毀損訴訟で勝った私からの警告《前編》【浅野健一】
『ありがとう、松ちゃん』より #前編
■松本人志氏”性加害”疑惑報道
2023年12月27日発売の文春(2024年1月4日・11日号)は、「松本人志と恐怖の一夜 俺の子供を産めや!」というタイトルの7頁の記事を掲載した。同号は45万部が完売した。記事は、松本氏が15年に東京都内のホテルで開催された飲み会で、女性のAさんとBさんに性的行為(2人の時期は異なる)を強要したとするスクープだった。
記事によると、2人は「スピードワゴン」の小沢一敬氏から、松本氏が参加することを伏せられたまま誘われ、松本氏と寝室でふたりきりにさせられ、「俺の子ども産めるの」などと迫られた上、キスや口淫などを強要されたと報じた。
松本氏は1月22日、「性加害に該当するような事実はなく、記事に名誉を毀損された」と訴え、文春側に損害賠償などを求めて東京地裁に提訴した。訴状などでは「一方的な供述だけを取り上げた極めてずさんな取材」と反論。松本氏の訴訟代理人は八重洲総合法律事務所の田代政弘弁護士(元東京地検特捜部検事)ら3人。田代弁護士は3月28日の第1回口頭弁論で、「被害を訴えた女性が誰か分からないと認否のしようがない」として記事で仮名になっている女性2人の特定も求めた。
民事裁判のことを知らないテレビのコメンテーターたちは、2人の氏名などの開示を求めたことを一斉に非難し、文藝春秋の顧問で文春側代理人の喜田村洋一弁護士(ミネルバ法律事務所、第二東京弁護士会)「女性は『金目当て』と批判されているのに、(女性の氏名などを)求めるのはおかしい」と批判した。
しかし、松本氏側は2人の氏名などを公表するのではなく、あくまで訴訟のために原告側に提供するよう求めている。訴訟資料についても、裁判所が閲覧制限を課せば、外部には漏洩しない。
文春側は答弁書などで、女性2人には複数回取材し、「真実と確信した」と主張。記事のどの部分を「真実ではない」として争うのかを明らかにするよう求めた。松本さんの言動として報じた内容は「特異なもの」で、2人を特定しなくても認否は可能だと指摘した。
■本書に書くに当たって考えたこと
ネット上で、「文春を訴えた名誉毀損訴訟で勝った人はいますか」という問いがあり、私の文春完全勝訴の判例が紹介されていた。
本書を企画した村西とおる監督から、「浅野さんが文春の捏造記事でこうむった被害はある種のテロだと思う。よくメンタルを維持し、乗り越えて来られたと思う。他にも文春報道で自死した人もいた。松本さんの件は、裁判中で真実はこれから解明されるが、文春が個人を社会的に葬り去る危険な構造を放置していいのかという視点で、本を企画しているので、文春の体験をもとにメディア論の立場から論じてほしい」と要請があった。
日本では、性被害の問題では、長年、泣き寝入りを強いられた被害者が多かったため、被害を告発する人を全面支援し、被害者はウソをつかないという前提で議論されることが珍しくない。特に、一部の弁護士、活動家の間では、性加害を疑われた側の無罪推定の権利、適正手続きの保証すら認めない流れがある。メディア訴訟が始まったばかりの段階で、松本氏の名誉毀損問題を論じるのはかなり難しい。本書に寄稿するかどうか悩んだが、いま、個人・団体の名誉・プライバシーと週刊誌メディアの関係を整理しておくことが必要だと考えて本稿を書いている。